頼もしい子どもの姿 授業参観で感じたこと
先日は、子どもの授業参観でした。
算数の時間。
子どもたちは次々に手を挙げて、いろんな答えの出し方を発表していました。
足す順番を工夫したり、
「 どれが分かりやすいかな? 」って、みんなで考えている様子。
その過程には、教室全体がひとつになって学んでいくような、やさしい空気が流れていました。
途中、計算を間違える子もいたり、まだ習っていないことを発表する子もいたりと、先生はそれすらも自然に受けとめていて。
全員の机を回りながら、
「 いいね、あってるね 」って、一言ずつ声をかけていました。
見ていた私は、大人の視点からの感想…
「 これは時間との戦いだな 」
先生は大変だなと思いつつも、
子ども一人一人に向き合おうとしてくれている先生、
ありがとうございます。
先生が受け入れてくれている雰囲気があるからか、
どの子も安心して、自分のペースで取り組めているのが、とても印象的でした。
わが子も、その中にいました。
自分なりにノートと向き合い、できたら隣の子と答えを確認し合う姿。
プリントを配る場面では、
一番後ろの席のわが子の分が一枚足りなかったようなんです。
前の席の子がふと気づいて、探してくれていて。
どうやら前の方でプリントが重なっていたみたいで、
それを見つけて、届けてくれました。
人のために、そこまでしてくれるの?
優しいなあ、って。
…でも、わが子はそれに全く気がついていない様子。
なぜ??(笑)
けれど、自然体で、楽しくその場にいられる姿が、なんだか頼もしかったです。
前の席の子には、心の中でいっぱい「 ありがとう 」って言っていました。
そんな温かな場面を見ながら、私はふと、自分の子ども時代を思い出していました。
「 私は、あんなふうに楽しそうに授業を受けていただろうか? 」
思い返せば、授業参観は少し苦手でした。
人の目が気になって、たとえ答えが合っていても手を挙げられない。
間違えるのが怖くて、息を潜めていたような気がします。
だからこそ、「 意見を言いやすい 雰囲気 」や「 間違えてもいい 空気 」が、あんなにも尊く思えたのかもしれません。
もしかしたら、それは
かつての私が、求めていたものだったのかもしれません。
授業参観の後、私は頭の中でぐるぐる考えていました。
「 私は、ちゃんとわが子のこと、見れているかな? 」
「 つい、自分のことばかり考えちゃって… 頼りない親だな 」
そう思いながらも、
教室の空気に触れて、わが子の学校での様子を感じることができて、
本当に良かったなと思いました。
そう、これが 当初の目的 でした。
わが子を “ ちゃんと見る ” って、
完璧に観察することでも、正しく評価することでもなくて。
「 今この瞬間、子どもと同じ空間で、その空気を味わうこと 」
…なのかもしれません。
( にわにん心の名言 )
あ、違ってたら教えてくださいね( 笑 )
そして、子どもの授業参観って、
私にとって「 かつての自分 」に出会いなおす時間でもあるのかもしれません。
そうそう、授業の始まる前。
私が少し早めに教室に着いたとき、
子どもが嬉しそうに笑って、駆け寄ってきました。
「 パパ、スリッパ忘れずに持ってきたの? 」
「 今日は大丈夫、ほらこれ 」と、履いているスリッパを見せました。
めっちゃパパの心配をしてくれる、わが子。
ありがとう。からかっているのかな?
このくらいは、パパでもできたんだよ…。
間違えても大丈夫な空気。
子どもたちが自然な自分でいられる、その空間に私も一緒にいられること。
それが、今日の私にとって、いちばんの意味だった気がします。
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#子育て , #子どもの成長記録 , #心理学 ,#子育ての悩み
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