失敗を先取りしないであげてみる
失敗を先取りしないであげる
今日は、そんなことを考えていました。
これは子育てでも言えるし、
友達に何かアドバイスしたくなる時にも言えるし、
自分自身に対しても言えることなのかもしれません。
先のことを考える。
危ないことが起きないようにする。
困らないようにする。
それは、もちろん大事なことです。
命に関わることは止めます。
横断歩道に飛び出しそうになるとか。
自転車がビュンビュン来る道に駆け出すとか。
玄関から急に外へ飛び出すとか。
そういうことは、ちゃんと止める。
そこは、失敗して学べばいいとは言えない。
でも。
全部の失敗を、先に取り上げなくてもいいのかもしれない。
友達とけんかしてしまった。
給食を食べるお箸を忘れた。
体操服が洗えていなかった。
忘れ物をして困った。
思ったようにできなくて、恥ずかしかった。
そういうことって、
経験してもいい失敗なのかもしれません。
もちろん親としては、先に気づく。
あ、それ忘れてるよ。
それやったら困るよ。
そんなことしたら、あとで大変だよ。
言いたくなる。
というか、言ってしまう。
だって、困ってほしくないから。
できるだけ傷ついてほしくないから。
でも、その困った経験の中にしかないものもあるんですよね。
忘れたら困るんだな。
準備しておくと楽なんだな。
言いすぎたら、友達と気まずくなるんだな。
自分でやらないと、あとで自分が困るんだな。
そういうことは、
誰かに先に言われるより、
自分で少し痛い思いをしたほうが、残ることもある。
失敗って、ただ悪いものじゃない。
その人の中に、経験として残るものでもある。
これは、子どもだけじゃなくて、
私自身も同じなんだと思います。
私はけっこう、先のことを考えます。
これをしたら、こうなるんじゃないか。
あれを言ったら、変に思われるんじゃないか。
こっちを選んだら、失敗するんじゃないか。
そうやって危険予測をして、
いろんなことを回避してきたところがあります。
それで助かったこともあると思う。
でも、同時に、
経験してもよかった失敗まで、
先に避けてきたのかもしれません。
失敗しないように生きていると、
たしかに大きく傷つくことは減るのかもしれない。
でも、
失敗したあとに立て直す経験も、
一緒に減ってしまう。
うまくいかなかったけど、大丈夫だった。
忘れたけど、なんとかなった。
恥ずかしかったけど、終わってみたら生きてた。
失敗したけど、次はこうしようと思えた。
そういう経験を、
私は少しずつ取り戻していくのかもしれません。
子どもに対しても。
友達に対しても。
自分に対しても。
失敗を先取りして、全部なくしてあげるんじゃなくて。
命に関わる危険は止める。
でも、経験してもいい失敗は、
少し見守ってみる。
それは冷たいことじゃなくて、
その人の力を信じることなのかもしれません。
そして、自分に対しても。
失敗しないように先回りするだけじゃなくて、
少しくらい失敗してもいいよと、
許してあげる。
今まで、そういうことに気づけなかった。
失敗は避けるものだと思っていた。
でも、もしかしたら。
経験してもいい失敗がある。
それに気づけたことが、
新しい人生のステージの始まりなのかもしれません。
これから仕事してきます。
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