欲しいものじゃなくて、私が選びたいもの。 分からないふりをやめる
欲しいものは何?
じゃないの、大事な気がする。
春の日差しでありたいライフコーチのなほです。
剥がれては還り、ころん、と生きる。
きらきらしたら、ぷかぷかに戻るリズムの中で、私のままで、もうすべてそろってる。
あなたが自分に与えたいものは何?
自信。
冷蔵庫にあるものでご飯が作れるスキル。
お金。
好きなことをたくさんさせてあげる、も与えたいものだと思うし、幸せって思いながら暮らせる未来を与えたいかな。
分からないふりをしていたら、行動しなくていい。
だから、私が私に与えたいもの=選びたいものを考えてみた。
思いつかない場合は、小さな本音からトライ。
自分が選びたいものがあるなら、覚悟する。
分からないふりしてそう
図星感、あるよね~。
だいぶ、私は私に正直にはなっていると思う。
なので、ほしいを言えてるをまずは確認。
私がほしいって言えてるもの
愛がほしい。もっと与えてほしい。
そう思っていて、言葉で置いたら、これでもかっって位の大きなあたたかい愛が向こうから来て、与えてもらった!!!
こんなにすぐに叶う?
という位のスピードで、砂糖菓子みたいに甘い愛、あたたかい愛を与えてもらった。
かわいくなりたい!
これも言えるようになってるのは私としては進歩。
好き。大好きを伝える。
これも正直。
ただ、この私の好きにお返事ほしい、はちょっと出せてなかったけど、「好きだよ」って返してもらったから、満たされている今ここ笑
言葉が受けとりやすい私の愛の通貨。
(私が好きです、大好きです。って伝えたら、良ければ、受けとったよってお知らせしてもらえたら、嬉しいです。)
クライアントさんと出会いたい。
これはちょっとグレーかな。人と人として出会いたい。その先にクライアントさんとして関係ができたらいいなって思ってる。
けど、そこまで伝わる感じでは言えていないかもしれない…。
出会いたいです!!私と話が合いそうって感じる人と出会いたい。
与えたいものは?を考える前に受けとる許可
印象的だった言い回しがあって、「自分に当てがってあげる」。
好きをさせてあげる、と同じニュアンスなのだと思うけれど、自分を客体としてとらえて、主体的に捉えた言葉ではない。
させてあげるは、自分へ許可で、当てがってあげるは、自分に与えるということ。
与えていいよってそこにも許可があるんだと思う。
与えていいよは、受けとっていいよにつながる?
ここ、ふれたくない所だ。
与えていいよが、受けとっていいよになると、ちょっとしんどい。
見たくない。
もらっていいの?ってなる。
もらっていいの?と思う私、寂しい私だ。
与えたいものは?の前に、「私は何でも受けとっていい」が、しっくりきてない。
愛されていいは、許可できていて、愛されているも体で分かった。
じゃあ、大丈夫じゃない?
受けとる、という言葉だけだと、すごく恐い感じがした。
振り子が振れたね、思いっきり。
けど、大丈夫だ。
私が受けとるもの、全部愛からできているものだから。
じゃあ、大丈夫。心配しないでいい。
私、愛されているから。もうすでにたくさんの愛を私は受けとっているじゃない?
「受けとる」はしんどいから、「選ぶ」に言い換える。
しんどいと思うのに使い続けないことにしたからね。
愛も、受けとるの前に、ふれるで、浸かるをしている。
受けとるはまだハードルがある。
私は何を私に選んであげたい?
楽しいな、幸せだなって感じるやわらかくてあたたかいものを選んであげたい。私はふわふわが好きだから、ふわふわしたものを選んであげたい。
好きって感じるものを選んであげたい。
楽しい、そうじゃない部分があるから、対比で楽しいが輝くけど、楽しいと感じることを選んであげたい。
カチッとはまる快感をたくさん選んであげたい。
あなたはどんな風に作られたの?それが解けたと感じる瞬間が私の楽しいだ。
大好きだと感じるクライアントさんを選んであげたい。出会い合うだと思うから、お互いに温度が合うねって人を選んであげたい。
今の生活を選んであげたい。
海が近くて、呼吸がしやすい。そう思える場所に住み続けることを選んであげたい。
好きと大好きな人しかいない世界をこれからも選んであげたい。
今の私の世界に、好きと大好きと感じない人はいない。だから、これからもそういう大好きだと思える人といられる世界を選んであげたい。
家族との関係に心が揺れない私を選んであげたい。お父さんともお母さんとも私はまだうまく関わることが出来ない。けれど、フラットな心で接することが出来る未来を選んであげたい。
コーチングで生活できるを選んであげたい。
コーチとして生きるはもう決まっている。決まっているから、それをお金という価値で循環させることができるよを選んであげたい。
自分に正直であることを選んであげたい。誰よりもまず私の心を私が置き去りにしないことを選んであげたい。自分が抜け落ちた周りを優先する生き方は、もうしない。
恋人って呼べる人がいる未来を選んであげたい。
季節がきてないからよく分からない今ここ。けれど、愛が見えるで、ふれられる、浸かれるで、関係していいが分かった。
私は、愛そのものだった。
だから、誰かに特別だよって、私も特別だと感じるよってそういう人と出会うことを選んであげたい。
抽象的なことから、具体的なことまで思いつくままに書いてみた。
一番気になるのは、コーチングでお金もめぐるを選んであげるなんだけど、もうちょっとしっくりくる感じがあるような気もする。
小さな本音から引き出す
5人目。
5人の人が、同じことを言ってます!
真理です!!
みんな、ここテストにでるよ。必修問題。
仕事、何がしたい?
今、何が欲しい?
それが思い浮かばないなら、小さなことから感じてみる。
「今日、何食べたい?」
この問いから始めよう。
自分に与えたいものがあるなら、覚悟していく
ただ、与えたいよね。で終わる話ではない。
与えたいものを考えるのは出発点に近くて、じゃあそれを与えてあげるには、どうする?になる。
選ばせてあげたい。
選ばせてあげるには、どうする。
1つは、やっぱりそれをすべてにおいて通していくは大事な気がする。
私は愛だった、を思い出させてもらってから、私はそれを体に通そうとしているんだと思った。
なじませている。という言葉で呼んでいるけれど、生きている、目が開いている時間のすべてに行き渡らせるみたいなことをしているんだと思う。
今日、私はどんな愛で在った?と振り返ることで、1日の終わりに愛を通して終わるをやっているんだ。
カチッとはまった気がする。
じゃあ、他の事も同様で、覚悟というと、やや重いけど、決めてしまえばいいだけで、決めたらどうする?を考えてやってみるをしたらいい。
シンプル。
書くのとやるのは、それこそ大きな差がある。
ここまでの別のnoteたちに書いてきたことを助けにしながら、私が私の人生に筋を通して、引き受けられる分を引き受けるを繰り返して、小さな練習を繰り返して、ということをやっていく。
まとめ
分からないふりをしていたら、見ないふりをしていたら、それは可能性として残り続けて、進まなくていい理由になる。
希望や理想として飾っていたら、いつまでもそれは飾りで手に入らない。
だから、分からないふりじゃなくて、何を私に選んであげたいのか、はっきりさせてみた。
こんな粒度でいいのかしら?と思わないこともないけれど、今ここの私が選んであげたいものは?を考えて出した。
分からないふりしちゃうのもよく分かる。
私は、私にある愛をずっと分からないふりをしてきたから。
私の中に愛があるなんて分かってしまったら、与えなくちゃで枯渇するで、与える側に立ちたくなかったから。
それと同じで、与えたいもの、選びたいものを直視したら、そこへ向かって覚悟していくことが起きるから、それが恐くなるよね。
それを感じさせてもらって、考えさせてもらった時間でした。
図星だわと思いながら、考えてみました。
きっかけを与えてくれた、凪いでる海のような人に感謝です。
ありがとうございました。
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