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吃音という「一生の付き合い」が始まった話。

吃音を意識するきっかけになった出来事があった。

卒業式練習の、あの独特の空気を思い出す。
それまで学年合同での練習というのはあったけど、
上級生の6年生と一緒だということで
ピリピリした雰囲気を感じ、緊張の度合いが増していた。

5年生のあの日、私は「在校生代表」として送る言葉を述べることになっていた。 文章を分割し、何人かで分担して言っていく形式。
私が担当したのは「伝統を受け継ぎ」という短いフレーズだった。

ただでさえ緊張しやすい自分にとって、大勢の前で大声を出さなければならないという状況は、それだけで心拍数を跳ね上げるのに十分だった。

さらに、この日は5年生と6年生の初めての合同練習。

私は最前列に並ばされており、目の前には卒業を控えた6年生たちがずらりと並んでいる。


「絶対に失敗できない」というプレッシャーが、喉の奥を物理的に締め上げていくのがわかった。
自分の番が近づくにつれて、心臓の音は鼓膜にまで響くほど高まっていく。


ついに、私の番がきた。 「さあ、言うぞ」 そう心で号令をかけて、大きく息を吸い込み、口を開いた。


「伝統を、 ……。 ……。」


出ない。

出ない。

「う」が出てこない。

喉が、言葉を完全に拒絶している。


頭の中は真っ白になり、ただ

「やばい、どうしよう」


という焦りだけが駆け巡る。


心の中はパニック状態。

周囲も、

「なんで続き言わないの?」

「あの子、何なの?大丈夫なの?」

と、無言で言っているように感じた。


結局、どれほどの時間が経ったのかわからない沈黙の後、ようやく「……受け継ぎ」と絞り出すのが精一杯だった。

あの日を境に、私の日常に「吃音」という壁が立ちはだかるようになった。 「あ」行が極端に言いにくくなり、自分に対する自信は音を立てて崩れていった。

正直に言えば、この経験が私に何かを与えてくれたわけではない。

克服のきっかけになったわけでも、プラスに働いたわけでもない。

ただ、吃音と共に生きるという、長く、果てしない付き合いが、あの日の体育館から始まったのだ。

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