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#24 「優しい人は損をする」と言われるたびに思うこと

こんにちは、なごです。

「優しい人は損をする」

「真面目な人ほど損をする」

私はこの言葉が少し苦手です。



本来素晴らしいこと

・人に優しくできる
・真面目に取り組む

これって本来、賞賛されるレベルで素晴らしいことだと思っています。

学校では評価されてきたのに、社会に出てみると
自分の意見をはっきり言える人がいいとされる風潮。

人に流されず芯を持って生きている人は素晴らしいと思います。
尊敬します。

でも周りの空気を読んで、相手を気持ちを優先できたり、
自分の意見を飲み込む選択ができる人も、同じように凄いんですよね。

だからこそ「損するからやめたほうがいいよ」と言われるとなんだか違和感。

悪いことのように感じてしまう。

意見を言えない自分はダメなんだと、自分を責めてしまう。


優しさが人を救う

辛いとき求めるものは、正論ではなく優しさ。

自己犠牲を続けると精神疾患に繋がるリスクが高まりますが、
その自己犠牲が全て悪かったとは、どうしても思えないんですよね。

実際、
「あのとき話を聞いてくれて救われた」
「なごなら否定せずに聞いてくれると思って話した」

と言ってもらえた経験があり、
自分が辛い中でも人の為に何かできたんだと思えました。

もちろん、自分の心に嘘をつき続けたり
我慢を積み重ねるのはよくないと思います。

結果的に自分を傷つけてしまうので。

でも自己犠牲だったとしても、その優しさに救われる人もいます。


優しすぎるは褒め言葉じゃない

「優しすぎるよ」
「真面目すぎるよ」

今まで数えきれないくらい言われてきました。
そして今でも言われ続けています。

個人的にこれは褒め言葉ではなく
「なんでそこまでするの」
「損してるのになんでやめないの」

このニュアンスを含んでいると感じます。

〇〇すぎるよ、は褒め言葉ではないと思っています。

他にも「考えすぎだよ」もよく言われますね。


繊細な人は優しい

私がこれまで出会ってきたHSP気質を持っている人や精神疾患と闘っている方は、本当に優しい人が多い。

傷つきやすい分、人を傷つけることはしない。

そんな印象。

だからこそ私は、

「人に優しくできるあなたは素晴らしい」

「真面目に生きているあなたは素晴らしい」

「考える力を持ったあなたは素晴らしい」

こう声をかけたいです。


自己犠牲は減らしていきたい

<自分のコップから溢れた分しか他人に注げない>

よく言われるシャンパンタワーの法則ですね。

自分の心のコップがカラカラなのに他人に注ごうとすると、
それは自己犠牲になります。

私がよくやってしまうことです。。

優しさは素晴らしい。
真面目さも素晴らしい。

その特性を大切にしながら少しずつでもいいから自己犠牲を無くしていく。

・1つだけ希望を伝えてみる
・1年に1回でもいいから断ってみる

本当に小さな1歩からでいいと思います。

これが自分の心も守ることかなと思います。


終わりに

私の願望は、
【優しい人が報われる世の中であってほしい】

そして、
【繊細な人が安心できる場所を増やしたい】

自分を全肯定してくれる場所があってもいいですよね。

私はこの記事を読んでくださったあなたに、
「そのままでも大丈夫」
と伝えたいです。

なぜなら存在に救われているから。

あなたはあなたのままで素晴らしい。
私に勇気をくれています。

優しいあなたが、優しさを失わずに笑える毎日でありますように。


最後まで読んでくださりありがとうございました😊

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