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忘れてはいけない記憶を巡る ー 冬の山口旅 大津島 回天記念館 ー

まいど、なぐなぐツーリストのツアー(なぐツー)に参加いただき、ありがとうございます。引き続き、冬の山口を巡る旅に、ご案内しまーす。

と、いつもの通り、軽いタッチで始めましたが、

本日は、じっくり考える旅となります。我々日本人が、決して忘れてはいけない記憶。戦争遺構が残る島、大津島を巡る旅です。



▼ 大津島

瀬戸内海に面する、山口県のほぼ中央にある、周南市(旧徳山市)

戦艦大和の最終給油地でもある、徳山の港。
今回の旅の出発は、ここからだ。

徳山港から大津島へは、赤矢印のとおり。(近い)

Google Mapより(地図を見たい方はクリック)


駐車場は、徳山港の近くにある「徳機駐車場」が便利。ただ精算機が、旧千円札(野口さん)と硬貨しか使えません・・。駐車料金は、2~3時間の利用で400円程度。また、駅から港が近いので、電車で訪れる手もあり。

なぐツー情報(2025年12月現在)

通常、船の出航時には、すこしざわつく。なぜって、旅立ちは、わくわくドキドキだもんね。ただ今回は違う、なんとなく遠慮しているというか物憂げというか、みんな何か考え事をしているようだ。

大津島には、港が複数あるので注意、乗船券は、馬島港まで買おう。(大津島なのに、馬島って混乱するよね・・)

※ 乗船時間は、寄港順によって、20~45分くらい。

馬島港に到着


で、ココ大津島に何があるかって言うと

▼ 回天記念館

へっ?

かいてん? きねんかん?

説明しよう。

回天かいてんとは、「先の大戦」の終盤に開発された兵器。いわゆる人間魚雷だ。もともと、日本軍は優秀な魚雷を持っていた(九三式酸素魚雷)。ところが、レーダーが開発されたことにより、魚雷を用いた戦いが終焉。大量の魚雷が、未使用のまま残ることとなる。

その魚雷を、再利用して蘇らせたのが、回天。
魚雷をニコイチ。つまり途中でぶった切って、人が乗れる空間を造り、2つをひとつにくっつけたもの。ニコイチなので弾薬も2倍、操縦桿付きの魚雷。脱出装置もない。出撃必死の、特攻兵器なのだ。

って、書いていても哀しくなる。


まずは、回天記念館へ
登り坂が続く、少し息が上がる。高台に着いた。

145名の慰霊碑が両脇に並ぶ


▼ 回天特別攻撃隊

神風特別攻撃隊(神風特攻隊)は、ご存知ですよね。だが、回天は極秘に開発がすすめられ、実戦投入後すぐに終戦を迎えたため、あまり知られていない。

ココ、回天記念館は、当時の写真などの記録、遺書遺品、元搭乗員の談話映像など貴重な資料が閲覧できる。神風特攻隊については、知覧特攻平和会館が有名だが、回天記念館についても広く知られることを期待する。

館内では、最初に元搭乗員の談話映像を観よう。

次に遺品を巡る。
絵が好きなヒトもいたのだろう。
ステキなイラストが飾られていた。出撃必死の兵器に乗ることが約束されていた兵士、訓練の合間に、どんな思いで描いていたのだろう。

また回天が、特異なのは、上層部が作って若者を戦地に向かわせたのではなく、若手らが自ら企画して造ったことだ。
勝つためには、これしかない。という歪んだ想い。戦争はすべてを狂わせる。


全長:14.75m
馬力:550馬力
射程:23km(30ノット≒時速60kmの場合)
乗員:1名
火薬:1.55t

回天一型の諸元

1.5トンの火薬に囲まれて、水中を鉄の塊で敵艦に突進していく恐怖。現実離れしすぎて、実感が湧かない


▼ 回天訓練基地

大津島は、回天製造工場であるとともに、訓練基地としての役割も担っていた。次は、その回天訓練基地に向かおう。

もと来た坂道をくだり、海岸近くに降りる。

そこに、島の反対側に向かうトンネルが、不気味に口を開けている。草木に覆われた小さな入り口だが、途中から広い空間になる。シーンとした空間に、ひたひたと我々の足音だけが響く。

床面のコンクリートには、回天を運んだレール跡。

途中の横穴(空襲時指揮所)から外を覗くと、回天訓練基地の威容を見ることができる。

無理やりヒトが乗れるようにした兵器は、操縦が難しく事故死も多かった。もちろんこの海は、ずっと先の南洋諸島に繋がっている。生き残った方々は、この海に手を付けると、逝った彼らと繋がりを感じる、と言っていた。自分もそっとつけてみる。

12月の海は、冷たかった。

行きの船上では、献花を抱えた方も見かけた。関係者なのだろう。

建物に近づいてみよう。

回天訓練基地は、お隣の光市など4カ所あったらしいが、現存するのはココのみ。開戦時は、魚雷の試射場として使われていた施設。正面の切込み(縦長の穴)が、魚雷をセットした跡。


さて、もどろう。

先ほどのトンネルの入り口付近に、地元の小学生が書いた一首が目に留まる。


見上げると
12月とは思えない、まばゆい空であった。


▼ 魚雷見張所跡

試射した魚雷の軌道を観察していた施設が、山上に残る。そこへも行ってみよう。最短距離で行くなら、回天記念館⇒魚雷見張所⇒回天訓練基地の順が効率よいが、オイラは行ったり来たりで巡った。

かなりの急登で山道(未舗装)なので、足腰に自信のない方(そして、運動靴を履いていない方)はパスしておこう。12月だったが、汗がにじみ出てくる。

途中の看板に偽りがあるので、注意。近いと思わせて、ほぼ山頂まで登ります。

なぐツー情報


▼ 危険物貯蔵庫 他

昔の軍事施設跡が、小中学校になっている。校庭の片隅に、変電所・危険物貯蔵庫・点火試験場が残る。
校庭の片隅に戦争遺構が残る学校生活って、どんな気分だろう。

ただ今の時刻は、12時半。
13時の船に間に合いそうだ。急ごう。

ここで、冬期の注意点を

飲食店は、冬期休業しているので、お弁当持参がおススメ。馬島港の待合所などで食べよう。我々もその予定であったが、ダッシュで乗船、船内で食べることに、


▼ まとめ(所要時間など)

ココにも、戦争で命を落とした方がいる。この事実を忘れてはいけない。そして、いちど戦争がはじまると、また同じ悲劇がおきます。戦争は、政府や上層部が勝手におこすものではない、我々国民の気持ちが緩んだ隙、戦争はやむを得ないという雰囲気が、政府を後押しするのです。近頃、日本も「きな臭い」と思うのは、私だけではないはず。

戦争を起こさない、巻き込まれない。
小学生の一首を、踏みにじってはならない。
そう誓った旅でした。

最後に、タイムテーブルを整理します。
島の滞在時間は約3時間。食事をするなら、もう1時間ほしいかな。

09時30分:徳山港 発
09時48分:馬島港(大津島)着
10時00分:回天記念館 着(所要時間:1時間)
11時30分:回天訓練基地 着(所要時間:30分)
12時15分:魚雷見張所跡 着
12時30分:危険物貯蔵庫 着
13時00分:馬島港(大津島)発
13時44分:徳山港 着

船は、季節や便によって所要時間が、大きく変わります。事前に確認を


山口旅は、まだまだ続きます。
次回も、おったのしみにー!


つづく…


コチラも、知っておくべき事実。
「引揚」

回天に関する本の紹介


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