タッチューでわしも考えた。『木の上の軍隊』 を読んで観て ー 沖縄伊江島で6月23日を思う ー
本日は、
「狂気と異常が、日常になった」2年間の物語を紹介します。
シアワセとはなんだ、
改めて考えた作品でした。
その作品とは
事実に基づく物語、『木の上の軍隊』
◇◇
この作品の舞台となった伊江島は、
沖縄本島の本部港から、フェリーで30分。
美ら海水族館など本島側からも、島を臨むことができる。

中央に特徴的な城山がそびえる島の姿。
場所は、

太平洋戦争の末期、沖縄戦において、
平坦な地形を利用し、日本軍は伊江島に滑走路を複数整備する。どんな風向きでも離着陸可能にするためだ。
不沈空母と呼ばれた島。それが、伊江島。

かつては、島民の生活があった場所
その土地を、日本軍の滑走路として収容され、その後米軍が転用、そして今では一部を整備して民間機が飛んでいる。
複雑な心境だ。
島の中心に、そびえる城山。
島民は、親しみを込めて、この山を、「タッチュー」と呼ぶ。

◇◇
1944年10月10日
米軍の空爆が始まる。
島の主要建物は、甚大な被害を受ける。

タッチューも山容が変わるほどの爆撃。
半年後、
1945年4月16日
米軍が、伊江島へ上陸。1週間ももたず、伊江島陥落。
集団自決という名の、日本軍による殺害もあり、この数日間で半数の島民が命を落とす。米軍は、血塗られた丘と呼んだ。
そして、タッチュー山頂に、星条旗がたなびく。
生き残った島民は、強制疎開で離島。米軍占領下となる。
同年6月23日
沖縄戦終結
ただ島民が、伊江島に戻れたのは、2年後の
1947年3月であった。
ところが、戦争終結を知らず。2年間伊江島のガジュマルの木の上で戦った二人がいた。その二人の狂気の日常生活を描いたのが本著だ。
本著は、映画化にむけた脚本にあたる。
映画は、堤真一、山田裕貴のダブル主演。
いつまで映画館で公開されているかわかりませんが、ぜひ観て欲しい。
◇◇
6月23日
沖縄では、学校を始めお役所が休みになる、特別な一日(慰霊の日)だ。この沖縄戦が終わった日を、沖縄県民以外で、どれくらいの方が知っているだろうか?
8月6日、9日、15日だけじゃなく、6月23日についても、戦争について、考える日としたい。
戦争は、大衆の熱狂が生んだバケモノだと思っている。熱狂のバケモノを遠ざけるには冷静さが必要だ。そのためには、事実に目を向ける必要があるのだ。
悲惨な現実を直視せず目を背けていると、熱狂に巻き込まれて自分自身がバケモノになってしまう。最近の風潮、不気味で怖いと感じるのは、私だけだろうか?

ラストシーンが描かれたビーチ。過去に全日空のCMにも使われた、風光明媚なビーチ。そして、米軍が上陸したビーチでもある。
物語の中、山田裕貴扮する新兵は、伊江島の出身。
自分たちの土地を奪われ、滑走路造りに徴用され、あげく戦場になった生まれ故郷の島。土地だけでなく、家族や親友も奪われた。
『なんでここで戦うんですか?』
それに対して、宮崎県出身の上官(堤 真一)は、
『じゃあオレの地元で戦えばお前は満足か?』
と問う。
新兵(山田裕貴)は、後半のシーンで
なんでもするから
目も耳も右腕もいらないから
俺から何もかも奪わないでくれ
戦いが続くなか
かえりたい。とつぶやく、
戦争が終わったら、海に釣りに行って、畑仕事をして、母を養い、友達と遊んで・・・この小さな島で、家族と友人と生き、そして死ぬ。
最高じゃないか。
ほかには何もいらない

◇◇
興味が出て、映画を観たいと思った方、エンドロールで席を立たないで欲しい。エンディング曲まで、しっかり聞いて欲しい。
曲は、伊江島出身の歌手
Anlyが歌う ニヌファブシ だ。
帰りたいと心から溶け出す
この声が闇に消えても
愛すべき故郷は
在り続けている 心の中に
誰も侵しえない 生きるかぎり
ただいま と言わせて
海よ 海よ
じっくり聞いてみたい方はコチラ
タッチューに登って見た伊江島は、
のどかで、穏やかで、優しい風が吹き抜ける場所でした。
二度と
この景色がバケモノによって、壊されないことを切に願う。
終戦記念日に寄せて、

タッチューで、思いにふける
ということで、なぐなぐツーリスト沖縄旅
始まります!
ー 次回予告 ー
建築美を堪能します。

次回もおったのしみにー!
(おしまい)
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