見出し画像

気持ちの数だけ生きている #毎週ショートショートnote

時計を捨てたのは、脈拍のほうが正確だからだった。
朝、目を覚ます。手首の奥で小さく打つ音が、今日を始める合図になる。
「ドクン」の一回をわたしは指で数える。二回、三回。数字は呼吸の裏側で静かに増えていく。

医者に言われたのは一年前だ。
「あなたの心臓は、あとおよそ五千万回です」
余命は時間ではなく回数で告げられるのだと初めて知った。
それ以来、わたしの一日は心拍の消費記録でしか測れない。走れば早く減る。泣いても減る。恋をしても、もちろん減る。

わたしはずっと死に急いでいる気がする。
学校の階段を上がる。ドアを開ける。席につく。それだけで、わたしの寿命は百以上も減る。
「顔、赤いよ」と言われて、もっと減る。言い訳を探すうちに、また十回分が終わってしまう。

夜、メッセージが届くたび、胸の奥でまた一回、わたしが鳴る。
きっと最後の一拍も、彼の名前を見ながら迎えることになる。
心臓が止まる瞬間はどんな音が鳴るのか。もし選べるなら、その一拍の音を、手を繋ぎながら聞いてほしい人がいる。

(431字)



いいなと思ったら応援しよう!