【通院決意編】不眠症だった時期のこと No.1
私には不眠症だった時期がある。
私は子どもの頃から寝つきが悪く、
寝床についてから1時間以上は眠りにつけないことが常だった。
だけれども、一度眠りにつくと長時間目を覚さないロングスリーパーでもあった。
休みの日には12時間以上、酷い時には20時間眠り続けることもあった。
そんな私は大人になってから不眠症となってしまった。
今考えても原因はよくわからない。
眠れないほどの特段の不安があったわけでも、
自律神経が完全に壊れるほどの生活リズムだったわけでもない。
眠れないのだ。
日中は十分に活動し、23時にはベッドに入り、
スマホも見ずに目を閉じたはずなのにだ。
目を瞑ってからどのくらい時間が経っただろうか。
脳みそが騒いで色々な思考・情景・感情が駆け巡り、
全身に力が入っていたことにしばらくして気づく。
無理やり深呼吸をするが硬さは取れない。
寝る体制を仰向け → 横向き → うつ伏せと繰り返し
上手く眠れる体制を探るも効果は表れない。
寝方が分からない。
なぜ他の人は自然に眠ることができるのか。
私は寝るときの眼球の正しい置き場所も分からなくなる。
眠りにつく寸前の、
意識が無意識へと引きずり込まれる心地よい瞬間に
どうやったら辿り着けるのか。
一睡もできないまま段々と白んでくる空が
何かのカウントダウンのように感じ、焦りで体に余計な力が入る。
今寝れたとして1時間しか寝られないのかと嘆いていると
とぼけた顔をした緩やかな眠気がやってきて、しばらくのまどろむような眠りをくれる。
そして数十分から1時間程度眠り(時には一睡もできないまま)
仕事に行くということが何日も続く。
そんな生活を続けていると
帰宅した瞬間気絶するように眠りに落ちて
朝まで眠り続ける日がある。
次の日からしばらくはまた眠れない日々を過ごす。
そんな生活を続けていくと当然精神状態も不安定になり、仕事を休んでしまう日もあった。
しかし仕事を休んだ日こそ、
夜に眠れることは必ずといっていいほどないのである。
ある日のこと。
その日も朝方まで眠れず、1時間だけ眠れた日だった。
起きるといつもより頭と体が重い。
思考にかかったモヤもいつもより濃い。
「仕事行きたくないな」と思った。
今日休みをもらって、しっかり体を整えて、
また明日から仕事へ行こう。
職場へ電話して
体調不良で休ませてもらうことになった。
直後、目眩とも言えるほどの眠気が襲ってきて
私は眠りに落ちた。
目を覚ますと夜の7時だった。
体の調子は最悪だった。
頭の重さは朝よりも増し、
脳みその中に直接タバコの副流煙でも吹き込まれたように思考ができない。
気分は落ち込み、何もする気が起きなかった。
しばらく呆けたようにボーッとして、
自分が尿意を感じていることを自覚する。
それでも中々ベッドから出ることはできず、
横になったまま天井を見てまた放心する。
何が引き金なのか、トレイへ向かうために這いだす。
当時の私は「ベッドで漏らしても構わないのにな」
と思いながらもトイレでちゃんと用を足していた。
これは今思い出しても自分で自分を賞賛するべきことだと思う。
後に書くことではあるが、
この時の私は既に「うつ状態」になっていたのだろうな
と今改めて思う。
その後どうにかして食事などを済ました後には
次の日の仕事のためにベッドに入り眠ろうとする。
しかし当然眠れない。
普段から眠れない人間が
夜の7時に起きた日に
眠れるわけがないのは当然のことである。
そしてその日も朝方まで眠れずに仕事へ行く。
こうしたことが起こる割合が段々と増えていった。
すると休んだ翌日も休むようになり、
そのまた次の日も、というようにどんどん悪化していった。
どうしたら眠れるようになるのか。
どうしたら楽になるのか。
これ以上仕事を休むことはできない。
眠れないこと、仕事を休みがちになってしまっていることに当時の私は相当思い詰めていた。
そんな時、何をきっかけにか覚えていないが
家族に眠れないことを伝えると病院へ行くことを勧められたのだった。
仕事に行けないことを非難されると思っていた当時の私には、通院を勧められたことは意外だった。
そもそも自分でも不思議なのだが、
当時は眠れないから病院へ行くいう発想自体がなかった。
眠れないのは自分が悪い、自分がきちんとした生活を送れば眠れるようになるはずだと思っていたのかもしれない。
とにかく、私は病院へ行くことを決めたのだった。
次回 病院突撃編
