AI時代に重要視される"ナラティブ"とは
皆さん、最近"ナラティブ"という言葉を耳にする機会があったでしょうか?
AI時代には"ナラティブ"なるものが重要視されています
直訳すると「ナラティブ=物語」
でも、ただ「物語」と言われてもピンと来ないですよね・・・
そこで今回は、この"ナラティブ"とは何なのか・なぜ重要なのか、私なりの見解を書いていきたいと思います!
AIで作られたものに対する感情
AIで作られた映像や文章を見かけた時、皆さんはどういった感情を持つでしょうか?
最初は「AIでこんなことができるってすごいな!」と思うかもしれません
でも心のどこかで、「AIが作りそうなものだな・・・」と思っていないでしょうか?
例えば、Noteの記事もそうです
AIを使うことは否定しませんが、どこかAI感を感じるとテンションが下がったりしませんか?
Noteの多くの記事はAIを使って書かれていますが、所謂バズっている記事は人の表現力が反映されているものに感じます
今後AI制作の映画なども出てくるでしょう
そして最初の作品はきっとヒットすると思います
ただそれは内容というよりも、話題性からなのではと推測しています
そのため2作目以降のAI制作の映画は伸び悩むのではないかと思うのです
人々を魅了する"ナラティブ"
なぜ「AI制作の映画は売れない」と予想できるのか?
それは【ナラティブがないから】です
もう少し考察を深めるために、売れる映画の謳い文句を見てみましょう
・〇〇監督総指揮
・アカデミー賞受賞女優〇〇主演
・〇〇と××のタッグ再び!
・総製作費〇〇億ドル、制作期間××年 などなど
こういった文章の狙いは、
・ああ、あの監督さんが作った作品ならきっと今回も面白いだろう
・あの女優さん、下積み長かったけど、売れてよかった・・・
・あのタッグ、揉めていたのかと思ったけど、そうではなかったのか
・そんなにお金も、期間もかけたのなら面白そう! など
その背景にある"ドラマ"を連想させているのではないか?というのが私の見解です
つまりこのドラマ=ナラティブ(物語)ということです
(ドラマと言った方が日本人には伝わりやすいですよね)
我々の生活にはどう活かせるか?
ナラティブのイメージが湧いてきたところで、ここからは我々の生活への活かし方を考えたいと思います
まず1つわかりやすい例で言えば、ナラティブの一部は「コスト」です
例えば取引先の相手や会社の後輩からAI丸出しの文章が送られてきたら少しもやっとしますよね
つまり自分にコストをかけずに、AI任せで、文章を作成したのか・・・と
では反対に、大したことでもないのにきっちり個人の考察が入った文章ではどうでしょうか
たとえ上手くない文章でも、多少誤字があろうともかわいげを感じるのではないかと思います
コストは時間や費用だけではありません
人間だけが掛けられるコスト、それは「熱意」です
「熱意」が感じられる作品や人の話には惹きつけられるものです
例えば、このnote、AIを使わずに書いてみました
それは今回伝えたかった"熱意の重要性"を、皆さんに体感してほしかったからです
いかがだったでしょうか?少しでも伝わっている方がいらっしゃれば、自力で書いてみた甲斐があったなと思います(^^)
AIの台頭で「正解」や「効率」の価値が下がってきた今の時代こそ、
今回の私のnoteのように「間違ってるかもしれない」「非効率かもしれない」
だけど「熱意が伝わる」「こだわりが伝わる」
そんな活動を私と一緒にしてみませんか?٩( 'ω' )و
