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【私を看護する74】カオスだったのに、幸せだった。


私は、東京競馬場の芝生に寝転んでいた。



流れる雲と、青い空。
気持ちよくて、平和で――

いや、違う。

私は、力尽きていた。



姉の家に2泊3日。

6歳、2歳、1歳。
3人の子どもを、姉がほぼ一人で回している。

ワンオペレーション育児を
1人きりでやるのは流石に大変だ。
多分、私は力尽きて寝込むだろうなと思いながら。

それでも、

姉たちと一緒に過ごす時間は,

私にとっては幸せなんだ。



育児は,想像以上のカオスだった。

1歳は目が離せない。
2歳はイヤイヤ期。
6歳は宿題と遊びの狭間で揺れている。

ご飯、風呂、寝かしつけ、家事、明日の準備…

時間があるようで、ない。

大人目線で言えば、

思い通りにならない、
そりゃ、イライラしてしまう。


子どもの目線で言えば、
成長段階を着実に踏んでいる。

成長しているとは思うけども、
余裕がないと中々、
そう思えなくなるのかもしれない。

夫婦で協力しないと
育児は厳しいのかもしれない。

でも、現実は
そうもいかない。


金曜日の夜。
6歳の子は宿題をやろうとするが、
中々手をつけない様子だった。
ご飯をダラダラ食べ,お風呂に入っても、
なかなかやらない。

ゲームをどうしてもやりたいとなり、
アラームが鳴るまでやった。

その間に、
姉が1歳と2歳の子を寝かしつけている。
私は、6歳の甥っ子を見守りつつ
皿洗いや片付けなどをやった。

私は画面酔いするのに、
6歳はそれを使いこなす。


しまいには、

「ねぇねがいるんなら、できない。」

そう言われた。結局姉と選手交代。
2人はまだ寝付けていなく、泣きわめく。
焦ってもしょうがない。
泣きつかれるのを待つばかり。

姉は私が困ってると思い様子を見に来たが、

私は
「いいよ、大丈夫」
と言った。

2歳の子は結局1階に降りた。
1歳の子は目が離せない。
オルゴールをならしつつ、
トントンすると眠りの世界に入った。

私は、1階に降りた。
6歳の甥っ子は眠気の限界にきたのだろう。
2歳の子は姉の胸の中でぐずっていた。

姉は、6歳の子に

「宿題しないと、明日先生に怒られるよ。
ちゃんとやるべきことはやらないと!」

と言っていた。
結局、宿題は翌日朝にやったようだった。
机に向かうという習慣を今は作る時期なのかもしれない。

でも,
甥っ子の立場から考えると 
私もダラダラしていたかもしれない。
ましてや、叔母さんが遊びに来てたら,
宿題どころではないかもしれない。
そして明日は小学校はお休み。
慣れない環境に適応している段階で、
幼いながらもストレスはあるのだろう。

そんな中で集中する子どもがいたら
超人だと思う。

どこを優先するのかも、
ある意味教育なのかもしれない。

3人が寝静まり、久しぶりの姉妹時間。
夕食後に子どもたちに、
クリームソーダを作ってあげたが
姉は食べれなかったので、
もう一度姉のために作った。

姉に私は言った。

「お姉ちゃん、すごいね。よくやってるよ。」

それしか言えなかった。

姉妹時間のお供に
クリームソーダを作った。

姉は笑いながら

「今日はまだマシだよ。貴女がいるから、ありがとう。」


土曜日になった。

寝起きは、

寝たのか眠ってないのか分からない、
とにかく寝たはずなのに疲れている。

昨日の睡眠は姉も私も断眠だった。
姉は1歳の子の夜泣き対応。
私は、6歳の子の寝相の悪さで
蹴らないかハラハラ。
朝方には、2歳の子に布団をはぎ取られ、
眠れなかった。

あゝ、こういうのが毎日だと
眠れないよな…

世の中、失敗できない仕事をしている人もいる。
姉たち夫婦もだ。

仕事をしながら子どもを育てるのは、
簡単なことじゃない。

急に休んだり、早退したり。
きっと、
申し訳なさと心配が同時にあるのだろう。
今の環境はまだ十分じゃないのかもしれない。
まだまだ、
仕事と育児の両立ができる環境は整っていないのだろうなと感じた。

でも、
仕事をフォローする側の気持ちも、分かる。

くどい妄想が、また広がった。



土曜日の予定は、
6歳の甥っ子の習い事2つだ。
午前中は勉強塾、午後はテニススクールだ。
姉は1歳と2歳の子を自転車に乗せて、
私と6歳の子は歩き(走り)で向かった。

6歳の子が、
通ってる小学校を私に見せたいとなり、
時間がないが走りながら見に行った。
私は息を切らしつつ、
姉は時計と睨めっこしていた中、

甥っ子は誇らしそうな顔をしていた。

あゝ、今のところ小学校は楽しいのかな。

思わず、私は微笑んだ。

それと同時に姉が、

「もう時間がギリギリだから、カフェで待ち合わせよう!」

そう言って、別行動になった。


卒業する頃には、
頼もしい姿になっているだろう。
その頃には1歳の子も入学している。
遅いようであっという間なんだろうな…

大人になるにつれ、
小学生の頃の思い出は忘れつつある。

でも、
私が小学1年生の時、姉が6年生で
一緒に通っていたあの時期はなんとなく覚えている。

日常のハマっていた遊び、
嫌なことも覚えてるが、
頑張ったこともいまだに覚えている。

甥っ子も、色々な思いをここでするのだろう。
小学校に向かって私は思わず、

「甥っ子を安全に、そしてのびのび成長できますように、よろしくお願いしますね。」

と呟き、
待ち合わせのカフェに向かった。
慣れない街を歩いて、なんとなかカフェに到着。
姉もちょうど到着した。

束の間の休憩時間。
2歳の甥っ子は、ドーナツを頬張っていた。

1時間30分ほどゆっくり過ごした。
姉は途中抜けて、迎えに行った。

私は眠気が強く、目を瞑って過ごした。
急に後ろから、思いっきり肩を叩かれた。

6歳の甥っ子が笑顔で
「ねぇね、終わったよ!」
と声かけてきた。

まだまだ、可愛い。


次はテニススクールだ。
6歳の甥っ子は、
テニスは嫌だとスクール前で駄々をこねた。
どうやら今回でテニスが最後らしい。

テニススクールに食事所があったので
みんなでご飯を食べた。
ふざけながら子ども2人は食べていた。

14時まで時間があったため、
少し敷地内を散策した。

虫を探したり、四葉のクローバーを見つけた。

側から見たら、優雅なひと時だ。
確かに,この時までは優雅だった。

14時になったのでテニススクールが始まる。
6歳の甥っ子は、強く拒否をし教室の外に出た。
教室が始まったのに参加をしない。
姉は1歳と2歳の子がいて手が離せない。
私は6歳の甥っ子を追いかけた。
私が来ることを分かっている甥っ子。

「ママが来ないとやらない!」

甥っ子の様子が見えるところで待機した。
姉が荷物を持ちつつ、義兄に連絡し、
結局今回のテニスはキャンセルになった。

それを伝えに上に行くと、
甥っ子の姿が見えなくなった。

姉が急いで受付に声かけるも見当たらない。
私も一瞬目を話した隙に見失った。

大声で甥っ子の名前を呼ぶと、
ロッカー室からスッと出てきた。

「心配したよ!」
と伝えた。

甥っ子は、姉に向かって
「テニスは嫌だ!!」
と叫んだ。

姉も、
「もういいよ。もうテニスはなし。帰ろう。」

そう言って,姉たちは先に帰った。
私は、もう走る気力も湧かないので別行動をお願いした。

私は歩きながら、
なんで、あんなに強く拒否するんだろ…と考えた。

私も水泳やピアノ、英会話など習っていた。
特に水泳は平泳が中々できずコーチのこと好きじゃなくなったし、一緒に行く友達もあんまり好きじゃなかった。だから、よく怠いと言って休むこともあった。

ピアノも、もはや家で練習はしなかった。
けど、続けていたからピアノ伴奏で活躍することができた。そこから、楽しくなった。

習い事も、合う合わないはあるよな。
私も大人になってからヨガやフラダンス、ジム、サックスとやったが、長く続いたのはジムだし、最短はフラダンスだ。

つまらないから楽しいに変化した時が1番続く。
でもやってみなきゃ、それは分からない。

続けることは、忍耐力も継続力も育てる。
でも、
どこまでできれば「十分」とするのか…

そんなことまた考えて、川沿いを歩いた。


遅れて帰ると、
6歳の子はゲームをやっていた。
2歳の子は眠っていた。
1歳の子は起きて遊んでいた。

私は姉に台所を借りると伝え
甥っ子に「クリームソーダ食べたい」と言われて、作った。

クリームソーダとプリンアラモードが完成すると、甥っ子はゲームをやめて、私の隣に座った。キラキラした顔で。

「美味しい!」

クリームソーダのアイスを頬張る甥っ子に、聞いた。

「なんで、テニスや勉強は嫌なの?」

甥っ子は、アイスを頬張りながら、

「毎日勉強、勉強で嫌なんだ。
テニスも面倒だった。」

小さい声でボソボソ話してくれた。

「習い事も勉強も面倒だよね。毎日だと疲れるよね。でも、やる分だけ強くなるよ!」

と伝えた。
姉にも甥っ子が毎日勉強で嫌だという話をした。
姉にも今日と明日の分の宿題終わったら明日はoff dayで良いかを確認した。

私は甥っ子に、
「この後,ねぇねと色遊びしてから一緒に今日と明日の宿題終わらせて思いっきり遊ばない?」
と伝えると、甥っ子は大きく頷いた。

かき氷シロップを使って色を混ぜたり、
色鉛筆を使って色を作ったり…
少しずつ楽しみつつ机に座るようにした。
2歳の子も起きてきた。
私は2人のお守りをして、
姉は夜ご飯を作りつつ、
1歳の子とお風呂に入った。

机に座りながら何かを集中してやるというのは
中々根気がいる時期なのかもしれない。
興味が湧くよう、甥っ子たちが好きな
「うんこ」や「ちんこ」というワードを
使いながら、国語や算数の勉強をした。
そうすると,2歳の甥っ子も機嫌が良い。

気づけば、人生で一番大きな声で
「うんこ」と「ちんこ」を叫んだだろう。

その甲斐もあって、
2日分の宿題は、ちゃんと終わった。

「明日は思いっきり遊べるね!」
と伝えると甥っ子は
「イェーイ!」と叫んでいた。

その後、一緒にお風呂に入って夕食を食べた。

夜はみんなでオセロやボードゲームをして、
21時前には、3人とも眠りについた。


日曜日。

姉の配慮もありよく眠れた。
姉たちはまだ寝てるようで、朝の準備をした。
姉に少しでもゆっくりしてもらいたい。
コーヒーを淹れた。

台所を見ると、
甥っ子たちが積んだ花が瓶に生けてあった。
こうやってママにお花をあげる優しさがある。

微笑ましい光景だった。

今日は最終日。
両親とも合流して東京競馬場でピクニックだ。

出かける前に、
義兄が育てているメダカビオトープに、
甥っ子たちと一緒に餌をあげにいった。

6歳の甥っ子はダンゴムシを見つけ、
私に見せてきた。思わず声が出てしまい、
甥っ子もびっくりし、ダンゴムシがビオトープの中に入ってしまった。

救出するも丸まって箸で掴みにくい。
しまいにはどこにいったか分からなくなった。

甥っ子に、命の儚さを、少しだけ話した。


最寄り駅までは、
甥っ子2人のダッシュに付き合った。
私の体力はかなり限界に近い。

…東京競馬場に到着した。

私も姉も、初めて来た。

東京競馬場は、内装も豪華でお店も人も多い。
競馬といえば賭け事のイメージが強いが
意外と馬を見たり花を見たり遊ぶ場所もあった。

パドックで競走馬を甥っ子たちと見た。
美しい馬という表現が相応しい。

とても広く、迷子になりそうなくらい広い。
そして人混みだ。久しぶりの人混み。
それだけで私は疲れた。

姉はリップクリームをどうしても買いたいというので、コンビニに寄った。マイペースなのが姉だ。
私はその間に、コーヒーを買った。

キッズガーデンで両親ともなんとか合流した。
レジャーシートを敷いて、子どもたちは遊びに行った。私は、もう疲れ果てていた。

みんなで笑って、
ゴロゴロして、
ただ過ごした時間。

楽しかった。

カオスな日々でも、
のびのびと過ごす子どもの笑顔が答えだろう。


その日の夜、私は両親と蕎麦屋にいった。
両親は、私たちが大変だろうということで
来てくれたようだった。

母は
「競馬といえば、お父さんのせいでいいイメージはないが、こうして孫と娘と過ごせたからよかった。」

と話してくれた。
「お母さんは、なんでそんなに競馬が嫌なの?」0
と聞くと父の方を睨みつけて言った。

「お姉ちゃんの最後の幼稚園の運動会終わった直後に競馬に行きたいと言い出してね。お金もないのに。ついていったの。そしたら、丁度その時貴女がお腹の中にいてね。流産しかけたの。無事に産まれたからよかったけど。育児もしないで遊んでるのが許せなかった。」

きっと、母はほぼ1人で私たちを育児していた。
父はその分外で色々辛い思いをしていたし勉強して資格を取って養うお金を稼いでいたが。
父と遊ぶようになったのは小学生以降だ。
それまで大変な時期は母がメインだ。

きっと、母はほとんど一人で抱えていた。

母は頼れる人も近場にはいなかった。
よくイライラしていた母だったが、
喜んでくれると嬉しかった。
怒るととても怖く従うしかなかった。

母から見たら
きっと、カオスだっただろう。
父は怒らないから。
嫌な役をかってでたのだろう。

私たちを育てるために。

でも、その姿を子どもは見ている。
そして、それも思い出になる。


私は予想通り次の日、
一日中寝ていた。筋肉痛にもなっていた。
体が動かない。

外は大雨。

そんな中、父も母も姉も、甥っ子も姪っ子も
仕事に学校に保育園に行っているのにね。

何もする気が起きなかった。
でも、前ほど回復は少し早くなったような気はする。

やはり、休み休み回復がまだまだ必要。
そして、将来万が一子どもができたら
私はエネルギー不足で倒れそうだ。

そんな妄想がまた広がっていった。

気がつけば18時になっていた。
東側にあるマンションの窓で西陽が反射して
私の部屋が急に明るくなった。

窓を開けると、
空には、二重の虹がかかっていた。

姉からも動画でLINEが来た。
姉と甥っ子も姪っ子たちが、
キラキラした顔で、虹を眺めていた。

虹始見(にじはじめてからわる)
二重虹になっていた。


カオスなのに、幸せだった。

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