本来の手帳使い
考える→書く→実行する→消し込む。
これさえできればもう、すでにあなたは手帳を使いこなしているも同然。
同時に、自己肯定感が高まっている…とも思われる。
書いて管理するのが手帳の役目。
どんな手帳を選んで、どんなふうに使おうか自由なはず。
ところが本来の手帳使いからかけ離れ、疲弊している人が多いようにも感じる。
デコってみたりスタンプを押してみたり。
人様のアイデアをまるで自分が発案したかのように発信する。
憧れからの嫉妬…。
人様の日常が当たり前のようにのぞける時代になったことが原因なのか…。
画像がメインのInstagram。
使いはじめて10年以上になる。
アプリを開くと広がるのは、人様のいろんな手帳の世界。
自分と同じように、紙の手帳を愛する者たちが大勢いる。
手帳が好きだからなのか、手書きすることが好きだからなのか…。
どちらかと言えば、わたしは前者に当てはまる。
いや、書くことも書かない人に比べたら断然好きに傾く。
ただの紙が厚みを帯びた形状がたまらない。
厚みこそ萌える。
そこへ本革のカバーをまとわせる。
嗚呼、たまらない。笑
Instagramの話しに戻ろう。
手帳をただ積み上げた写真から、固有名詞こそぼかしてあるが書いた内容が読めてしまうものまで。
人様の手帳の中身ほど見ていて飽きないものはない…。
ワクワクもゾクゾクもする。
変態か。笑
紙の手帳が好きすぎて、手帳専用のアカウントを持ち、現在も趣味の域で更新している日々。
紙の手帳はここ何年かでそうとう種類が増えたと感じる。
1日1ページ手帳の元祖とも言われる、ほぼ日手帳。
老舗手帳メーカーや文具メーカー、最近では手帳のみで売り出している人らまで。
増えれば増えるほどにテチョラーとしては悩ましさも増える。
使いたい手帳はたくさんあれど何冊も購入したところで、残念なことに使いこなせるものではない。
いまやスケジュール管理するだけにとどまらない手帳事情。
イラストを描いたり、プリントした写真を貼ったり。
マスキングテープでデコったりスタンプを押したりして、映える手帳作りをしている人も多い。
そういったお手本が増えると、やはり同時に自身の使い方に悩みが生じてくることになる。
自分もそんなふうに書きたい。
かわいくデコりたい…と。
マネることがいけないのではない。
マネることから自分らしい使い方を探し出し、ストレスなく手帳を使ってほしい。
本来手帳というものは、人に見せるためのものではない。
見てほしいから、たくさんの「いいね」が欲しいから…。
そういった意図で作る手帳はたのしければ問題ないが、いわゆる承認欲求が目的となった手帳作りをしていると、のちに楽しさは半減し、疲弊だけが残る結果となるだろう。
本来の手帳使いの意味をいま一度考えてみよう。
考え、書き出し、脳内を整理する。
自分の決めたことを実行する。
見返して、振り返る。
自分を見つめ、自分がラクになるための道具にすぎない。
疲弊するためのものではないのだから。
