純文学の主人公(特に男性)ってダメ人間しかいない説。

 前に似たようなことを書いたかもしれませんが、純文学の主人公(特に男性)のダメ人間率の高さ。

 太宰治の人間失格の葉蔵(薬物中毒、女癖悪い)、夏目漱石のそれからの代助(不倫したニート)、森鴎外の舞姫の主人公(海外まで行って現地の若い女性にストーキング)、川端康成の伊豆の踊子の書生(今でいうところの地下アイドルみたいな女性にガチ恋)、村上龍の限りなく透明に近いブルーの主人公(薬物中毒のニートで遊び人)、中上健次の十九歳の地図のバス爆破予告する浪人生、三島由紀夫の金閣寺でも寺に放火したのは非モテ陰キャの修行僧。

 海外文学でも、ドストエフスキーの罪と罰のラスコーリニコフなんか借金まみれの貧乏学生、太陽がいっぱいの主人公も海外逃亡して人殺しをやるワープアの若者だし、カフカの虫なんか働きたくなくて虫になったワープア。

 純文学の主人公に「お金に不自由していなくて、女性にモテモテで礼儀正しくて仕事もできる好青年」とかほとんど出てこない。

 なぜだか分かりませんが。

 おそらく、純文学の新人賞の予選に通過しない人は、主人公が品行方正すぎるのかもしれません。
  凶悪殺人犯だらけの純文学もあまりないのかもしれませんが…

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