ヒット曲は、なぜその時代を思い出させるのか――「涙そうそう」と、平成の喪失感について
こんにちは、長坂総研です。
最近の休日は、Youtubeで曲をプレイリストで長時間流し続けて、AIと雑談しながら、ブログ記事を書く素材を練っています。
これはその一端から出た記事になります。
AIとの雑談は、こちらが打ち、返って来た返答を読み、また返しという本当に壁打ちをしているから、とてつもなく長いものになってしまいます。
それを自分ではまとめることができないので、AIにまとめと記事の作成をおねがいしています。
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記事の概要
今回は、歌詞の一節から始まったAIとの雑談をもとに、ヒット曲と時代背景の関係について考えます。
ヒット曲は、ただ売れた曲ではなく、その時代の人々が抱えていた感情を受け止めた曲ではないか。
「涙そうそう」や平成の空気を手がかりに、音楽と記憶、そして信用と負債の関係まで見ていきます。
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「この曲を聴くと、あの頃を思い出す」
よくある言い方です。
テレビの音楽番組でも、ラジオでも、懐メロ特集でも、何度も聞いてきた表現です。
けれど、これは本当にただの懐かしさなのでしょうか。
人は曲を聴いたとき、単にメロディを思い出しているわけではありません。
その曲が流れていた頃の自分を思い出している。
部屋の匂い。
通勤路。
車の中のラジオ。
好きだった人。
うまく言えなかったこと。
今はもう会わなくなった人。
そういうものが、イントロや歌詞の一節で、ふっと戻ってくる。
曲は記憶を保存しているわけではありません。
けれど、記憶の扉にはなる。
今回、そのことを強く感じたのは、「涙そうそう」を思い出したからです。
きっかけは、歌詞の一節でした。
「すりむいたまま」
そこからフジファブリックの「若者のすべて」に行き、さらにYouTubeのプレイリストの話になり、昔のラジオの話になりました。
愛知県にあるCBCラジオには「今月の歌」のように、同じ曲を何度も流す枠がありました。
そこで何度も耳にして、「いい曲だな」と思った曲がありました。
それが、夏川りみの「涙そうそう」でした。
当時は、ただ良い曲だと思って聴いていた。
けれど、改めて考えると、あの曲が広く届いた理由は、曲の良さだけではなかったように思います。
歌詞には、亡くなった兄への思いがあります。
森山良子が作詞し、BEGINが曲をつけ、夏川りみが歌った。
この流れそのものに、個人の記憶が歌として広がっていく構造があります。
ただ、もし森山良子がそのまま歌っていたら、印象は少し違ったかもしれません。
森山良子が歌えば、人生を重ねた人が、亡き人を思い返す歌になる。
それはそれで深い。
しかし、夏川りみが歌うと、少し違う。
妹が、亡くなった兄を思い出しているように聴こえる。
大人になったけれど、心の中ではまだ兄の背中を見上げている。
そんな雰囲気がある。
声質も大きい。
夏川りみの声は、感情を押しつけない。
泣かせにこない。
だから、逆に聴く側の記憶が入り込む余地がある。
さらに、沖縄の空気がある。
海、風、湿度、夕方の光、遠くにいる人を思う感覚。
具体的な風景を描いているわけではないのに、なぜか郷愁が立ち上がる。
「涙そうそう」は、兄を思う歌でありながら、聴く人それぞれの喪失を受け止める器になったのだと思います。
ここで大事なのは、ヒット曲は曲だけではヒットしないということです。
いい歌詞。
いいメロディ。
いい歌声。
それだけなら、「良い曲」で終わることもあります。
ヒットするには、その曲を受け取る時代の背景が必要です。
「涙そうそう」が広がったのは、平成の初めから中頃にかけて、日本社会がいくつもの喪失を通過したあとでした。
バブル崩壊。
阪神・淡路大震災。
オウム事件。
金融不安。
就職氷河期。
昭和の終わりと平成の始まりは、単に元号が変わっただけではありませんでした。
昭和天皇崩御によって時代の扉は閉じた。
しかし、社会の空気はすぐには変わらなかった。
バブルの余熱があり、会社社会への信頼もまだ残っていた。
けれど、その後に次々と出来事が起きた。
「働けば報われる」
「会社に入れば安心できる」
「社会は少しずつ良くなる」
そうした信用が、少しずつ崩れていった。
かつて「24時間戦えますか」という言葉がありました。
バブル期には、まだ冗談として成立していたのかもしれません。
無理をしても、その先に報酬がある。
会社に尽くせば、会社も人生を支えてくれる。
そういう交換条件が、まだ信じられていた。
しかし、就職氷河期にその言葉を聞けば、受け取り方はまったく変わります。
戦う場所がない。
入口が閉じている。
努力しても報われない。
それなのに、まだ「頑張れ」と言われる。
そのとき、「24時間戦えますか」は励ましではなく、負担になる。
だから、その後に「癒し」の曲が求められたのだと思います。
もっと戦え。
もっと勝て。
もっと前へ出ろ。
そういう曲ではなく、
もう十分傷ついた。
少し休んでもいい。
失ったものを思い出してもいい。
泣いてもいい。
そういう曲が、時代に必要とされた。
「涙そうそう」は、その場所に入ってきた曲でした。
だからこの曲は、単なる沖縄の美しい歌ではありません。
平成の喪失感を、静かに受け止めた曲でもある。
ヒット曲とは、時代の感情を先に歌ってしまうものなのかもしれません。
人々がまだ言葉にできていない不安。
怒り。
寂しさ。
喪失。
それでも前に進みたいという願い。
そういうものが、ある声とメロディに乗ったとき、曲は広がる。
そして何年も経ってから、その曲を聴くと、時代が戻ってくる。
「この曲が流れていた頃、自分は何をしていただろう」
「あの人は、今どうしているだろう」
「あの頃の社会は、どんな空気だっただろう」
ヒット曲は、個人の記憶であると同時に、時代の記憶でもある
ここで、信用と負債という言葉を少しだけ入れてみます。
社会が未来を信じられる時代には、前へ進む曲が響く。
社会の信用が揺らいだ時代には、癒しや喪失を受け止める曲が響く。
そして、もう一度立ち上がろうとする時代には、明るいけれど傷を知っている曲が響く。
曲は、社会の信用状態を映している。
人々が何を失ったのか。
何をまだ信じたかったのか。
何に疲れていたのか。
どこへ戻りたかったのか。
ヒット曲をたどると、その時代の心の状態が見えてくる。
だから、「この曲を聴くとあの頃を思い出す」という言葉は、思ったよりも深い。
それは単なる懐かしさではない。
その曲が流れていた時代に、自分が何を信じ、何を失い、それでも何を抱えて生きていたのかを思い出すということです。
ヒット曲は、時代の象徴です。
けれど、それは年表に載る象徴ではありません。
もっと個人的で、もっと曖昧で、もっと湿った記憶です。
ラジオから何度も流れてきた曲。
車の中で聞いた曲。
誰かと一緒に聞いた曲。
一人で聞いていた曲。
その積み重なりが、ある日ふいに戻ってくる。
そして思うのです。
あの頃は、そういう時代だった。
自分も、そういう場所にいた。
もう戻れないけれど、確かにそこにいた。
「涙そうそう」が今も残っているのは、たぶんそのためです。
あの曲は、亡くなった兄を思う歌であり、沖縄の郷愁をまとった歌であり、平成の喪失を抱えた歌でもある。
そして聴く人それぞれにとっては、もう戻らない誰かと、もう戻らない時間を思い出す歌なのだと思います。
