浦島伝説の謎を解く
浦島伝説の起源は何か、なぜ竜宮は海の中にあるのか、なぜ竜が登場しないのに竜宮なのか、なぜ玉手箱を開けると年を取るのかといった浦島伝説の謎を胎内回帰説の立場から解くことで、私が出版した本『浦島伝説の謎を解く』の導入とします。
動画のトランスクリプション
浦島太郎の物語は有名なので、今更内容を紹介するまでもないでしょう。しかし、このおとぎ話が何を伝えようとしてるのかは、はっきりしません。このビデオでは、この物語の起源に対して私の解釈を提示することで、私が出版した本『浦島伝説の謎を解く』の導入としたいと思います。
浦島伝説をめぐる三つの謎の提示
浦島伝説の起源は、八世紀の文献にあります。そのうちの一つ、『丹後国風土記』の逸文には、水江浦島子の話が詳しく伝わっています。しかし、日本のオリジナルの話ということではありません。「洞庭湖の竜女」という浦島伝説とそっくりの民話が五世紀以前から中国にあり、日本の浦島伝説はその影響を受けた可能性が高いからです。これ以外にも、インドやヨーロッパに似た話があります。これらを浦島型異郷訪問譚と呼ぶことにしましょう。
その起源がどこかという話はともかくとして、世界各地に同じような話があるということは、私たちの心をとらえる何か普遍的なものがこの話にはあるということです。それを前提に、浦島伝説の謎として、私は以下の三つを取り上げたいと思います。
まずは、なぜ竜宮は、理想郷であるにもかかわらず、天の上ではなくて、海や湖といった水の中にあるのかという問題です。いくつかの浦島型異郷訪問譚では、洞窟の中に異郷があるのですが、なぜそこは地獄とは正反対の理想郷なのかという問題です。
次に、なぜ日本の浦島伝説には、竜が出てこないのに、竜宮が出てくるのかという問題です。
最後は、なぜ竜宮では時間の流れが遅く、その結果、浦島は、玉手箱を開けたとたん年を取ってしまったのかという問題です。
なぜ竜宮は水や洞窟の中にあるのか
父権宗教、すなわち、キリスト教やイスラーム教や仏教などの世界宗教においては、天国や極楽浄土といった理想的異界は、天の上あるいは天の彼方にあると信じられています。これに対して、地面の下にある異界は、地獄として否定的に位置付けられています。これは、仏教信者が思い描く地獄絵図です。理想郷とは程遠い阿鼻叫喚の世界です。こちらは、キリスト教信者が思い描く地獄の様子です。拷問と殺戮の修羅場です。
しかし、太古の昔から地下の異界がこのように思われていたということではありません。父権宗教が信じられる前、人類は母なる大地を崇拝していたからです。この写真は、ヴィレンドルフのヴィーナスと呼ばれている先史時代の像です。この像はベンガラで赤く染められていました。赤といえば血の色で、出産を連想させる裸婦像です。ヨーロッパの旧石器時代の遺跡からは、これと同じような像がたくさん見つかっています。地母神崇拝のための像と考えられています。こちらは、縄文のビーナスと呼ばれている縄文土偶です。縄文土偶の大半は、女性、とりわけ妊娠した女性で、赤く塗られています。ヴィレンドルフのヴィーナスとその点で似ています。
私たちは、生まれる時、子宮から外に出ます。では、死んだらどうなるのか。私たちの祖先は、生まれる時と逆のことが起きると考えました。つまり、子宮の中に戻るということです。子宮といっても人間の子宮ではありません。地母神の子宮です。だから、あの世は地面の中、もしくは、子宮は羊水で満たされているので、水の中と観念されるのです。
私たちには、胎内に戻りたいという胎内回帰願望があります。浦島伝説のモチーフは、胎内回帰願望というのが私の解釈です。それなら、理想郷が水の中にあることも理解できるでしょう。胎内は羊水という水で満たされているからです。しかし、その理想郷での住まいが竜宮と名付けられているのはなぜなのか。これが次の章のテーマです。
なぜ竜が登場しないのに竜宮なのか
竜とは、母権宗教において一般的であった蛇信仰に基づいて作られた想像上の生き物です。この絵は、清の国旗に描かれている竜です。竜は、普通の蛇とは異なり、鳥のように空を飛ぶことができます。こちらは、15世紀に描かれた西洋の竜、すなわちドラゴンです。翼を持っているので、蛇よりも鳥に見えます。
竜が鳥の要素を取り入れた蛇であるのに対して、蛇の要素を取り入れた鳥は鳳凰です。この写真の鳳凰像をよくご覧ください。首の部分がうろこを持った蛇になっていることがわかります。鳥は、空を飛ぶので、地上と天の媒介者として認識されました。
鳥と蛇の合成獣が作られたのは、両者には二つの世界の媒介者という共通点があるからです。蛇が蛇行する様子は、川が流れている様子に見えます。川は海に向かって流れるので、海への導きの糸と言うことができます。
地母神崇拝では、あの世が地母神の胎内にあるということは既に述べました。私たちは、産まれる時、子宮とへその緒でつながれた状態で生まれてきます。死ぬ時、その逆が起きると考えるなら、この世から地母神の胎内に戻るためには、導きの糸としてへその緒が必要ということになります。そのへその緒の役割を果たすのが竜で、したがって、浦島伝説では、竜が住む胎内は竜宮ということになるのです。
但し、浦島伝説では、媒介者は竜の代わりに亀ということになっています。亀は、首だけ見れば、蛇に似ています。ちょうど鳥が空と地上との間を往復するように、カメは海と陸とを往復するので、この世とあの世の媒介者として見なされたのでしょう。蛇の中にも水陸両棲のものがいますが、一般的ではありません。
蛇は空を飛びませんが、竜は飛びます。蛇崇拝が、あの世を地下あるいは水中に想定するプリミティブな母権宗教であるのに対して、竜崇拝は、天上にあの世を想定する父権宗教への移行期に見られる両義的な信仰ということができます。日本神話も移行期に形成されており、縄文時代の母権宗教的な要素と弥生時代になって生まれた父権宗教的な要素が混在しています。だからあの世が天であったり地下であったりするのです。
どちらであれ、この世とあの世をつなぐ通路は、日本神話では柱と認識されていました。それで、神を数える時は、柱という単位を使っていました。写真は、諏訪大社上社で行われる御柱祭の木落としです。柱という言葉は語源的には、「下に走る」もしくは「下から走る」という意味です。御柱祭の木落としでは死者が出ることもありますが、それは文字通り異界へと下に走る胎内回帰のお祭りです。
柱から、下という意味の「ら」を抜くと「橋」になります。この写真は、天橋立ですが、浦島伝説を伝える『丹後国風土記』逸文は天橋立の成り立ちについても説明しています。すなわち、国をお生みになった大神、イザナギノミコトが、天にお通いになろうとして建立なさった柱が、神がお休みになっている間に倒れて、今のような天橋立になったというのです。
天橋立の南側からの眺望は「飛龍観」と呼ばれています。股のぞきをすると、海と空が逆転し、天橋立が、空を飛ぶ龍のように見えるというのです。股のぞきをする代わりにこの写真を上下逆にしてみましょう。どうでしょうか。竜が空に向かって飛んでいるように見えますか。
海も空も同じ青色なので、水平線を境に海中の異界を鏡像的に反転させて、天に想定することは、比較的容易なことだったでしょう。それで、水中に潜む竜が天に昇るようになったのです。この世からあの世へと戻る通路を切断することを、精神分析学では、去勢と言います。去勢により胎内回帰ができなくなります。つまり、浦島は竜宮に戻ることができなくなるのです。これが次の章のテーマです。
なぜ玉手箱を開けると年を取るのか
浦島伝説の結末は、よく知られているとおりです。浦島が玉手箱を開けると、中から白い煙が出ていって、たちまち浦島は年をとってしまいました。
玉手箱の玉は、魂の霊です。手箱は、竜宮、つまり地母神の子宮の象徴です。玉手箱を開けたところ、白い煙が出ていって、元の玉手箱に戻らないということは、竜宮から浦島の魂が出ていって、戻れなくなったということを象徴的に意味します。つまり、浦島は去勢されたということです。
浦島伝説では、竜宮から故郷に帰ると、三百余年が経過していたことになっています。このことは、あの世とこの世では時の流れ方が違うということを意味しています。日本人は、この世を現世、あの世を常世と呼んでいました。現世の現は、むなしいという意味の虚と同根の言葉です。だから現世とは移ろいやすいかりそめの世界ということです。常世の常は、そこという意味の底と同根の言葉です。だから常世とは地下に存在するとこしえの世界ということです。
地下のあの世では時の進み方が遅いと想像されるようになったのはなぜでしょうか。ヒントは体内時計にあります。サーカディアン・リズムと呼ばれる体内時計の周期は、24時間よりも長いのにもかかわらず、私たちは、毎朝起きて光を浴びることで、24時間になるように周期をリセットしています。
ところが、洞窟の中のような暗闇の中で生活をしていると、サーカディアン・リズムのフリー・ランが起き、一日の周期が延びてしまいます。暗闇での隔離実験では、周期が二倍になった例も報告されています。その結果、外に出ると、思っていた以上に速く時が経過していたと感じます。この世の洞窟の中ですらこういうことが起きるのだから、地下のあの世ではもっと時の進み方が遅くなるのに違いないという信念が洞窟の中で住んでいた頃から形成されたのでしょう。
時の経過の感覚を変えるもう一つの周期は、心臓の鼓動間隔です。楽しい時、リラックスしている時、鼓動間隔が長くなるため、時間があっという間に過ぎるように感じます。これに対して、つらい時、緊張している時、鼓動間隔が短くなるため、時間が長く感じられるようになります。竜宮城で楽しい日々を過ごすなら、主観的に時のテンポが遅くなり、客観的な時の経過を速く感じることでしょう。浦島伝説はこれを誇張したと解釈することもできます。
私たちは、去勢により、胎内回帰の願望をとうの昔に捨てたはずですが、その願望は深層心理においてまだ残っています。幼かったころの胎内回帰の夢にノスタルジックに思いをはせながら、ふと気が付くと、年を取った自分という現実に目覚めさせられる、そういう物語と考えることもできます。
以上、浦島型異郷訪問譚の三つの謎を、胎内回帰説の観点から解いてみました。私の著作『浦島伝説の謎を解く』では、これらの謎を解くことを通して、個人史的にも人類史的にも忘れ去られた過去の記憶を甦らせ、さらに、なぜこの記憶が抑圧され、忘れ去られるようになったのか、そのプロセスを明らかにしています。興味のある方はお読みください。
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