【ショートショート】青の向こう
ピ、ピ、ピ、ピンコン、ピ、ピ、、、、
私は今日も出荷される。
なんの楽しみもない。同じことの繰り返し。
周りに目を向けてみても、新しい一日のスタートに希望を向けるというよりは、昨日の疲れを纏う人々。
私もきっと同じだろう。
隣に座る人の香水がきつくて気になる。
前に座る人の咳が気になる。
早くこの箱から出たい。
会社に着くと、上司の上原さんが「おはよう」と眼鏡の上から上目遣いで言ってくる。
「おはようございます」と軽く会釈はしたけども、
額のシワに今日も目がいく。
歳をとるって嫌だな。
上原さんは何時から会社に来ているんだろうか。
そんなに仕事ってたのしいことなのか。
私にはわからない。
あぁ。海にでもいきたいな。
海に行って、浜辺のレストランでお洒落なランチをたべたいな。アイスコーヒー片手に水平線を眺めたりなんかして。
どすん。
私は大量の伝票を目の前に置いた。
お気に入りのワンコの顔がついた指サック。
「今日もがんばって樹里はえらいぞ」とぺこぺこしながら話しかけてくれた。
ふふ。今日もやりますか。
黙々と1と3と7の数字に集中する。
樹里の右手は何も考えなくても切った伝票を数字ごとに分けられるのだ。
1、1、7、3、3、4、、、
4?!
またミスだ。
入力担当の渡辺さんには本当嫌になる。
樹里はため息を鼻からそっと吐き出し立ち上がった。
白髪混じりの短い髪にパーマに眼鏡のぷっくりした渡辺さんはいかにもお局。樹里の顔も見ずに「あらあら、ごめんなさいね。あんたも一枚ずつ持ってくるの面倒だろうから、まとめて持ってきてくれればいいのよ。はいはい」と左手を出した。
「すみません」と軽く頭をさげて渡したけれど、
自分がミスした訳ではないのに、なぜ自分が謝らなければならないのか腑に落ちない。
なんなの! 絶対こんな仕事辞めてやる!と心に誓ったが、樹里に即行動するそんな勇気などない。
デスクに戻った樹里はすぐさまミント味の飴を口に放り込み、伝票の山に手を置いた。
昼休みになり、スマホには親友の花奈からメールが届いていた。
「来月有給が取れそうなんだ。一緒に海がみえるペンションに泊まりにいこうよ!」
花奈とは中学校からの仲で、花奈には2歳半の娘がいる。
産休明けからバリバリ働く花奈を見ると、どこからそんな気力が湧くのか不思議に思う。
いつもキラキラしていて眩しい存在。
旦那さんからは母の日にホテルのディナーに誘われて最高だったと幸せそうな画像が送られてきたんだった。
樹里はすぐさま「行く行く〜! 私も来月申請してみるよ〜^ ^」と返信し、スマホをそっと置いた。
その日の仕事終わりに有給申請をし、思っていたよりもすんなり取れる有給に拍子抜けする。
有給は子どもがいる人が参観だの運動会だので利用するもの。周りに頭下げて、すみませんとヘコヘコしながら言いまわるものだと思っていたのに。
よし! とりあえず、来月海にいけることが決まったのだ! 頑張って働くぞ! とやる気になる自分を笑った。
*
「樹里〜! 会いたかったよ〜! 」と真っ白のコットンワンピースを揺らしこちらに走ってくる花奈。
「元気にしてた? なんか痩せた? 仕事はどうなの? 」と親戚のおばちゃんみたいな花奈に会えて、わたしも「うん! 」と笑って頷いた。
改札を出ると、白い軽自動車の前からこちらを見ている一人の女性と目が合う。
すると、その女性は軽く手を振り会釈した。
「ほら! 樹里! お迎え来てるよ。早く早く〜! 」
先を踊るように走る花奈をわたしは荷物を抱えて小走りで追った。
「遠い所よくお越しくださいました。私はペンションMAKITAのオーナーの牧田詩織です。今週は晴れの日が続くようで、よかったですね。ぜひビーチにも足をお運びくださいね」
サングラスを頭に刺し、短パンに長靴の日焼けがよく似合う詩織さんがいう。
「さあ、お荷物はこちらへ。お二人はこちらへどうぞ」
駅まで送迎バス有りがまさかの何の変哲もない軽自動車に少し拍子抜けしたが、女子旅の大荷物を運んでもらえることに感謝しながら車に乗り込んだ。
駅前の寂れた商店街らしき場所を抜け、
ぽつぽつとある住宅街を抜け、
開けた場所に
念願の海が見えた。
「うわぁ。広いなぁ」「早くビーチを散歩したいね」とはしゃぐわたしたち。
「ここは何もない事が取り柄の町ですよ。都会暮らしの忙しい毎日では味わえない非日常をぜひ満喫していってくださいね」
この辺りにコンビニはなく、何でも屋といわれる岩渕商店さんも夕方5時に閉まってしまう。
町にある街頭はまばらで、ほとんどの信号が点滅信号。
自動販売機はあっても売り切れがほとんどで、街の人たちが利用しないから薄汚れてて蜘蛛たちのお家と化している、と詩織さんが楽しそうに話してくれた。
あっという間に目的地のペンションMAKITAに到着。
「っくぅあああーー」と両手を空へと伸ばし、
「はあぁーー」とわざとらしく声にしながら空気を吐いた。
「ひとまずペンションへお入りください。自家製はちみつを使ったレモネードが冷蔵庫でお二人をお待ちですよ」
キンキンに冷えたレモネードのあまい香りと少し苦味のあるレモンの酸味が体中に染み渡る。
ペンションMAKITAは海から徒歩5分ほどの小高い山の中腹にあり、目の前に海が見える。
周りは木に囲まれていて、小さな離れもあり、薪が転がっていた。
室内は木のにおいに囲まれ、広間には大きな暖炉があった。冬は薪割りも宿泊者にしてもらい、夜には読書会が開かれるらしい。帰る頃には知らない顔だった宿泊者たちがなかよくなって帰っていく姿がたまらなくうれしいと詩織さんがいう。
それを物語る壁掛けたち。「また行きます」や「1年後にここで待ち合わせだよ」と写真と共に飾られていた。
樹里たちが来たのは6月の終わり。
宿泊希望者も樹里たちだけなので特別なイベントは特に考えていないそう。
なんだ、とちょっと心の中で拗ねてみたけど、これは冬にまた来てみたくちゃと心が跳ねた。
ビーチへ行き、ただただ繋がる海沿いを歩く。
花奈は旦那の颯太くんが家事を全くやってくれないや娘の千絵莉ちゃんはご飯中に立ち上がり、そこら中にたべものを撒き散らすから困るなどの育児の愚痴に、イケメンは結局顔だけで仕事ができないや任された仕事が大きすぎて困るなどの会社への不満を話した。
わたしはというと、家庭もなけりゃ恋人もいない。会社にいけば年老いた人しかいない。
何年も変わり映えのない日々を過ごしている。
花奈の愚痴や不満たちは少し羨ましかった。
地平線に夕陽がきらきらとひかり、
わたしたちの背中を橙色に染めている。
ペンションでの夕飯はその日目の前の海でとれた魚の煮付けや山菜ご飯に自家製の梅干し。
なんといってもあおさの汁物が絶品だった。
そこに出された地酒がまた美味しくて、つまみの白菜の浅漬けをお供に話が弾んだ。
波の打ち寄せては引く心地よいリズムをBGMに
わたしたち3人の女子会は夜中まで続いた。
翌朝5時に目覚めた樹里。
隣では花奈が気持ち良さそうによだれを垂らして寝息を立てている。
忍び足で広間へ向かうと、詩織さんが朝ご飯の支度に取り掛かっていた。
これから近所の馬中さんの家にたまごをもらいに行くというので、わたしも一緒に車に乗った。
「花奈ちゃんはまだまだ眠りそうだね」と運転席で笑う詩織さん。
「そうですね。あの子は普段からとても頑張り屋さんでよく寝る子ですから。起きる心配はないですよ」と隣でわたしも笑う。
だんだん空が青白くなっていく。
少し肌寒い気温のなか、わたしは詩織さんにずっと気になっていた事を話した。
「詩織さんはなぜ何もないこの町でペンションをやろうと思ったんですか? 」
「私は生まれも育ちもこの町なの。何にもなくて、老人ばかりの町。活気もないし、絶対に町からは出て行ってやろうと学生の頃は思っていたわ。だけど、母が倒れてほっとけなくて。結局母は4年後に亡くなったんだけど、そのうち私も出て行くタイミングを逃して今に至る。
やりたい事もわからなければ、手に職なんかもない。
誇れる事といえば、ご飯を作ることと車の運転。あとはその辺のじじばばからしーちゃんって慕われてることくらいしかないの。
都会に出てキラキラしている自分に憧れていた頃が懐かしいよ」と遠い海を見つめる。
わたしはてっきり詩織さんは移住者で、
華々しいキャリアをあっさりと手放し海の見えるこの場所で夢を叶えた人なのかと思っていた。
「人間なんてそんなものよ」
地平線から朝日がのぼり、詩織さんの顔をキラキラと照らしていた。
帰ったら花奈ともっと話そう。
完
初めてショートショートを書いてみました。
テーマは「隣の芝生は青い」です。
キラキラしている人を見ると苦しくなったりすることもあると思いますが、
そのキラキラしているようにみえる人も悩みや葛藤を抱えているんだということを書きました。
書けば書くほど、読み返せば読み返すほどよく分からなくなる書き手さん。
いつもお話を書かれているnoterさんに更なる尊敬が湧きました。😭笑
読んでいただきありがとうございました🙇♀️
