喫茶アンブレラ 心の雨の雨宿り【短編小説】
「私は何もできていない」「私はまたわからない」
教える立場にあるモモ子は、
自分の能力のなさを嘆いていた。
周りの人たちはテキパキと仕事をこなし、指示も的確。間違いを指摘される度に、自分が足手纏いなのではないかとため息が洩れる。
私が教えると、また時間がかかってしまうんじゃないか。また間違えてしまうんじゃないか....
どうしてこんな事になったんだろう........
昼の太陽がモモ子を照らし、じっとりとした汗が背中をつたう。
「あれ?ここはどこだ?」
考え事をしているうちに、モモ子は知らない道に迷い込んでいたようだった。
少し先のT字路の隅に、白いペンキが塗られた手作りの立て看板が見える。
近づいて見てみると、
〝正しくないおでんあります。
喫茶アンブレラはこちら〟
手書きのメモに黄色い押しピンが刺してあり、矢印が書いてあった。
「正しくないおでん??どういうこと??」
なんだかちょっと面白そうと、
久しぶりにワクワクする自分に喜ぶモモ子は
気がつけば矢印の方向へ進んでいた。
だが、歩いても歩いても喫茶店のような建物は見当たらず、あるのは立派な一軒家が並ぶ住宅街の一本道だった。
引き換えそうかと悩んでいるうちに木々が生い茂る森が見えてくる。
森の前で立ち止まるモモ子。
「本当にこの先に喫茶店なんてあるのかな?」
恐る恐る歩みを進める。
「一応、道にはなってるし、きっとあるよね。
ここまで来たんだし、正しくないおでんが気になる!いってみよう」
梅雨が終わり、蝉が鳴く森の中。
虫たちが活発に動き回り、木漏れ日がきらきらとモモ子の道を照らした。
いつの間にか両腕を広げ、大きく息を吸っている自分に気づく。
横を流れる小川の音が心地よい。
右に左に寄り道をしながらしばらく歩くと、
遠くに白くて丸い建物が見えた。
「あっ!あれが喫茶店かも!」
歩みを早めるモモ子。
白い柵に囲まれたその入り口には
青に黄色の文字でCOFFEEと書かれた街中でよく見る四角い看板ライトが光っていた。
そこにはパルレトロンの字体で〝喫茶アンブレラ〟と書かれている。

「あった!やっぱり本当にあったんだ!」
入り口の門をくぐると、そこには白くて円柱状の建物に赤い末広がりの屋根という、きのこにも見える建物が聳える。
緑色に塗られた木製のドアに薄汚れた金色のドアノブ。
その下には〝本日のおすすめ 正しくないおでん あります〟とメモが貼られた白い立て看板が置いてあった。
薄汚れた金色のドアノブを回すと、ガチャリと音がして、カランコロンと小粋なドアベルが鳴る。
「こんにちは。喫茶アンブレラへようこそ」
と少し年老いた女性の声が出迎えてくれた。
だが、姿は見えない。
店内はカウンター4席と2人がけのテーブルが1つある、こぢんまりとした作りで、
カウンターから見える壁側が調理場になっていた。
家にあるような2口コンロがあるだけの質素なキッチン。
左の奥にはおばあちゃんの家でよくみかける木製の数珠が連なったような暖簾がカラカラと音を立てて揺れていた。
なんだか実家に帰ってきたみたいだと嬉しくなったモモ子は「すみませーん」とカウンターから身を乗り出し、暖簾の方へ大きな声で叫んでみた。
すると、カウンターの下からピョコッと三角頭巾に白の割烹着姿の女性が現れた。
「ぎゃっっ!」と慄くモモ子は思わず3歩後ずさり、目を見開く。
「こんにちは。喫茶アンブレラへようこそ。
ご注文はお決まりかな?」
優しく微笑む店員らしき割烹着の女性。
「あ、あの、、。看板に書いてあった正しくないおでんって、まだありますか?」
「はいはい。ありますよ。ではこちらの席でお待ちください」
と、店員らしき女性に促され、モモ子はカウンターの右から2番目の椅子に腰掛けた。
座るとカタッと音がする木製の椅子は背が高いが、足置きがちょうどいい高さにあり、座り心地が良かった。
鞄からスマホを取り出し、何気なく覗くと、
「あれ?圏外?今の時代圏外になることなんてあるの?」と小さな心の声が漏れていた。
「あらあら、まあまあ。申し訳ございませんね。
この店は電波が入らないのですよ。もし必要であれば、あちらの庭にテーブルを出しますよ?」
と提案されたけれど、自分の母よりも年上に見える女性にお願いするのは気が引けた。
「いえ、大丈夫です。ちょっと暇だったので見ようと思っただけですし。お気遣いありがとうございます」と断った。
手持ち無沙汰なモモ子は、店内をぐるりと見回す。
外観はきのこのような見た目でまるで物語にでもでてくるような雰囲気だったのに、
店内は濃いめのクリーム色が基調で、柱はダークオーク。キッチンは白の四角いタイルが壁を覆い、銀色の釣り棚には昭和レトロを感じさせるホーローの鍋やヤカンが並び、ボウルは皆オレンジ色だった。
コンロ側の壁には青い換気扇がカラカラと回っていて紐の色が使い込まれていることを物語っていた。
そして勝手口には数珠暖簾。
「やっぱりおばあちゃん家みたい」とモモ子の目元が緩む。
おでんの出汁のいい香りも相まって口元も緩んだ。
「はい。お待ちどうさま」
赤いギンガムチェックの鍋敷きの上に置かれた一人前の土鍋。
「本日のおすすめ、正しくないおでんです。熱いからゆっくりお食べ」と割烹着の女性が微笑む。
モモ子はそっと土鍋の蓋を開ける。
ふわっと湯気の雲が登り、モモ子の眼鏡が曇る。
「うわぁ。美味しそう。おでんなんていつぶりだろう。お出汁の香りがたまりませんね。いただきます」
一人前の土鍋の中には面取りされた丸い大根をはじめ、卵、厚揚げ、こんにゃく、鶏の骨付き肉に、牛蒡。白と緑とピンクの練り物が綺麗に並んでいた。
全て茶色いけれど、それが美味しいと歌ってみえた。
まずは大根から。
味が染み染みの大根は柔らかく、やさしい味がした。
骨付き肉はほろほろで、噛めば噛むほど出汁と鶏の旨みが重なり合い、しあわせの味がした。
卵は固茹でで、黄身に出汁をくぐらせて食べると、白身からつるんっと黄身が滑り、口の中が楽しく騒がしい。
箸が止まらないモモ子。
最後のお楽しみに取っておいた牛蒡を前に
「あの、なぜおでんに牛蒡なんですか?」と聞いてみる。
「それはね、土鍋で炊く牛蒡は柔らかくなるからだよ。土の中で下に伸びる牛蒡は柔らかいと真下に伸びることができないだろ?成長するときは硬く力が入っているんだ。土臭く、泥臭く懸命に頑張った牛蒡にワタシはもう力まなくていいんだよ、と言ってやりたいのさ」
なんだか理解ができるような、できないような説明に斜め上をみつめるモモ子。
「そうだ!」と我に返り、大事な質問を思い出す。
「本日のおすすめの正しくないおでんってどういう意味なんですか?私が食べたおでんは一般的なおでんにしか見えなかったし、特別なものも入っていなかった。味はもちろんすごく美味しかったけど、特別な感じはありませんでした」

ーこれはワタシがモグラ先生に聞いた話ですー
AIやネットが当たり前になってきた昨今。
私たちの生活や思考にも大きな変化があると思います。
これまでは自分の頭で考え、言葉を紡ぎ、話をしてきた。
伝わらなかったり、恥ずかしい思いをしたり。
逆に、向こうの本音を引き出すことになり、意気投合することもあるでしょう。
ですが、今はAIが正しい文章を作ってくれ、向こうにも当たり障りのない正しいとされるものが届けられます。
便利で簡単で早くて、間違いがない。
考えなくても聞けばすぐに答えてくれるし、とてもスムーズにコトが運ぶ。
素晴らしいことですな。
だが、ワタシはそこがなんだか寂しいのだよ。
正しさや早さが素晴らしいとされる世の中で、
「まちがい」や「遅い」ことを「よくないコト」と受け止める人が増えているんじゃないか、と。
それは自分がふと思ったことを素直に話せないことに繋がっているんじゃないか。
批判されるくらいなら黙っておこうとする人たちの未来はどうなっていくんだろうか、と。
多様性の時代に最も大切なコミュニケーションツールである言葉の多様性が失われていくように思えてならないのだ、と。
鍋の中が自分の心とし、具材が多様性。
出来立ては歯応えがあって、それも美味しい。
煮込んでみれば、味が染みて甘くなる。
さらに一日置けば、歯がいらないくらいに柔らかく、出汁を食べている気分になる。
その時の好みはあるけれど、
自分の考えをすぐに出さなくていいときは無かったことにせずに一旦寝かせてみる。
それがきっと「わからない」の正体で、
寝かせているうちにふつふつと浮かぶ多数派とは違う意見は「自分なりの正しさ」なのだよ。
その自分なりの正しさを見失わないことが、言葉の多様性を生み、この世界の豊かさなのだとワタシは考えるのさ。
染み染みおでんのように答えを急がずに、
多数派の正しいとされるものではない、自分なりの正しさを美味しく味わうのだよ。
それは間違いにはならないさ。
あなたの旨みなのだよ。
あなたは何味にでも染まる。
単純化はつまらんよ。
モモ子は自分の気持ちが見透かされているのではないかと割烹着の女性を訝しむ。
だが、彼女の話はスッと心に入ってきた。
「自分なりの正しさ、かぁ。
合ってる間違ってるだけではない。
自分と世間との少しズレた正しさ、ねぇ。
なんかそう思って見る世界は
自分が唯一無二な気がして
ちょっと楽しいかもしれませんね。
ありがとうございました!」
牛蒡の土臭さが溶けた出汁を一口啜り、
モモ子はお会計をお願いした。
帰り道はすっかり夕日に染まる。
モモ子の影が長く伸び、時折弾んでいる。
*おしまい
今日は最近読んだ文章を私なりに解釈して物語にしてみました。
自分を持つって大切ですが、目先の正しさに染まってしまうときもありますよね。
そんなときは
『喫茶アンブレラで雨宿り』です☂️🌧️
最後まで読んでいただきありがとうございました🫧
