地政学リスクの正体(企業は何に依存しているのか)
地政学リスクの正体(企業は何に依存しているのか)
文責:中野康範
分野:経営戦略
区分:無料版
作成:2026/3/10
改訂:
◆ テーマ
ISO9001:2015の規格要求事項には「4.1 組織およびその状況の理解」があり、「6.1 リスクおよび機会への取り組み」への指針であることを求めている。一方で、安易にSWOT分析を実施していると、内容は一般的・抽象的でその組織固有のリスクに展開できない。
このドキュメントは、そのうち最も抽象的な「地政学的リスク」の性格とリスクに対応するとは何かについて一考するものである。
◆ リスクという言葉の扱い
リスクという言葉は規格の随所に出てくるが、その定義は「不確かさの影響」とだけあり、注記を見ても、更に曖昧さが増すとしか言えない。
私は「事業を進めるうえでのビジネス上の前提条件」であり、「未来を左右する出来事」と説明している。当然、「部材を海外からの輸入品であること」、「最新設備の扱いに習熟した人材で生産していること」、「特定の顧客が当社の売上の80%を占めていること」などは前提条件であり、こうしたことの欠損が「未来を左右する」ことになる。
しかし、こうした説明をすると驚かれることが多い。現場では事故・災害・怪我(転落、火災、安全管理)、不都合な問題(納期遅延、品質不良)などに焦点化され、目的を達成できなくなる要因(ワンオペでの作業、習熟期間の不足、設備不良など)に目が向かない。
組織の内外での出来事ではなく 自社の依存構造を書く。
これを満たさないと上記のすれ違いが起きる。
◆ 地政学的リスクという言葉の危険性
「地政学的リスク」とまとめてしまう危険性には2つある。
1つ目は、そもそも世界の出来事を扱う「地政学的リスク」はその発生をコントロールできないことである。戦争や政権交代、パンデミックや大規模災害などは止められない。したがって、単に「地政学的リスク」としてしまうと対策は、「情報収集」や「気をつける」という程度になり、実効性を失う。
もう一つは「出来事」でリスクをまとめてしまう「地政学的リスク」は様々な要因(政治、軍事など)の発生に目を奪われてしまい、それが自社に与える影響から目を逸らしてしまう。「地政学的リスク」という単語では「リスク」を明らかにできない。
では、こうした地政学的リスクを構造的に見るとどの様に見えるかを探ってみよう。
◆ イランへのトランプ政権の侵攻
トランプ政権がイランに侵略を行ったことは世界に衝撃を与えた。また要衝であるホルムズ海峡の閉鎖は、経済に大きな影響を与えている。それは原油高と株式市場の混乱である。
NY円相場、続落 1ドル=157円80〜90銭 原油高で円売り 低調な米雇用統計で一時ドル安 2026年3月7日
この記事の中でも「原油価格が高止まりすれば、日本や欧州などエネルギーの輸入依存度の高い地域の経済には打撃になるとの観測が高まった。」とあるように影響が大きいことがわかる。
しかし、これを単に中等紛争という単純化した言葉で「地政学的リスク」と捉えることは適切ではない。現実に起きていることから自社の依存構造を明らかにすることが必要である。すなわち。
起きていること:ホルムズ海峡封鎖
依存構造:中東原料依存
と構造に着目すれば、対策として
調達先分散
在庫戦略
代替材料
国内調達
などになる。そしてこれを戦略課題に置き換えることでリスクに対応することができる。
◆ チャイナリスク
日本に対する中国の最近の施策は
レアアースなどの輸出規制
日本への渡航禁止
海産物の輸入停止
などがあげられる。
こうしたことをまとめて「チャイナリスク」と呼び、その対抗措置が重要との論理で話題になることが多い。
参考:日中緊張で「4社に1社」が受注減懸念 製造業に広がるチャイナリスク 2026年02月20日
東京商工リサーチは、2月8日の衆議院選挙の投票日直前に「日中関係悪化の影響と対策」に関する調査を実施した。「日中の緊張感が高まっているが、受注(販売)はこの影響を受けているか」との問いに対し「すでに受注が減少」と回答した企業は7.6%(368社)、「今後受注が減りそう」は19.0%(923社)だった。合計26.6%(1291社)が悪影響があると回答し、4社に1社が販売減少などを見込んでいることが分かった。
しかし、これも構造化して整理しなくてはならない。
まずは、全体としての依存構造だ。
① 調達依存
部品、原材料、レアメタル、電子部品など、特定の原材料を(安いからと)中国から調達している。価格競争力の源泉にしている。
② 生産依存
やすい労働力を前提にして生産拠点を中国に設け、そこに依存している。何らかの規制の変更は操業の安定性を欠落させる。
③ 市場依存
中国の市場での売上が大半を占める場合には、対日の不買運動、輸入規制などにも大きく影響される。
主たる依存関係はこのようなものだろうか。
したがって、自社の依存構造が
電子部品の80%を中国メーカーから調達
あるいは主力製品を中国OEM工場で生産
に対しては調達依存 → サプライヤー分散
生産依存 → 生産拠点分散
市場依存 → 売上ポートフォリオの組み換え
などが対策となる。
◆ 世界的な少子化の問題
少し刺激的なニュースを目にした。
トルコの出生率が急落、欧州最大の下げ幅 経済不安や価値観の変化が背景 2026/03/07
もちろん、すぐに国の行く末を左右するわけではないもののその急激な低下は象徴的であろう。すでに中国での急速な高齢化は何度もニュースで取り上げられている、韓国の出生率の低さは国の行く末を左右する数字だという。踏みとどまっているものの、東欧や東南アジアですら減速に入っているという。
かつて50年ほど前には「人口爆発」が問題視され、ローマクラブの「成長の限界」でも取り上げられてきたが、いまは「人口減少」という分岐点に来ていると考えられる。
少子化は戦争や外交とは異なるが、企業の前提条件を変えてしまうという意味では、地政学的リスクと同じ「世界構造の変化」である。したがって、これについても自社の依存関係を明らかにして構造化した取り組みが必要になる。
① 低賃金地域での工場移転
いわゆる途上国などの人口爆発は、国力の低さから低賃金であることが多く、そこに工場を移転させることで価格競争力を上げるというものだった。多くのグローバル企業の戦略の要である。
② 地産地消を前提としたマーケット戦略
途上国に工場を配置するもう一つの理由は、巨大な消費市場である。人口増が見込めるのであれば、そこに成長する市場があり、地元企業では提供できない製品を展開することで独占的な事業が展開できる、
世界で起きている「少子化の流れ」に対し低賃金労働者への依存、人口増加を前提にした市場への依存、数量拡大の依存が構造的なものであるならば、それへの対策は
労働力構造の再設計
自動化やAI+ロボティクス活用の推進市場構造の転換
高付加価値サービスへの転換、カスタマイズサービスの拡大需要の再定義
高齢者市場への対応、省人化ビジネスへの軸足の変更
などが考えられる。
◆ 集中と選択からの転換
地政学的リスクを含む「世界の出来事」の近年の特徴は予測の不能性と結果としての安定の欠落である。安定性を前提としたビジネスモデルでは当然のビジネスモデルも見直す必要がある。
「選択と集中」と「規模の経済」は、間違っていないとしてもそのままでは依存関係の欠落の状況変化に対応できない。解決策は以下の3点である。
① 多重化
元々バリューチェーンのすべてを自社で賄うことはできない。したがって、機能の分散化は一般的に行われる。外部委託であれば、一社ではなく代替する供給先を用意する。これと同じ様に、一社の顧客に依存しないこと、調達ルート(調達先、経由地など)を複数持つこと。「両利きの経営」で示すような、既存事業とこれに変わる新規事業の探索を並行して行うことなど。一つの断線で事業が止まらないようにすることである。
② 相互機能のネットワーク強化
多重化したそれぞれは自立したモジュールとして機能しなくてはならない。一社が主役として他のモジュールをコントロールするのではなく、相互に自らの意思で動く権限を与えなくてはならない。さもなくば、他社依存が構造的なリスクとなる。一方で、相互補助が自然に機能するようなネットワーク設計が必要である。理念の共有、コミュニケーションの強化、保険機構の構築などもありうる。
③ 余白の内在化
こうした、モジュール化した企業機能の分散とネットワーク化は極限までの「効率性」とは相性がよくない。どうしても、重複が発生したりする。また、研究的な要素や先行投資的な取り組みなどは眼の前の果実には結びつかない。そして効率性を重視すれば、常に100%の稼働が求められ、結果として強靭性を失う。私は、実業は80%で回し、残りの20%は未来への投資にし、緊急時での対応力の余力として準備するという考え方を推奨している。
文字通りのVUCAの時代の戦略となる。考えてほしい。
閑話休題
