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【読書コラム】なぜか娘を愛せない! 毒親ドラマのパイオニアにいまさらハマり、原作が描いた毒親の向こう側に心打たれた - 『イグアナの娘』萩尾望都

 資料作りをするときなど、音がないと寂しいので、Amazonプライムで適当にアニメやドラマを流している。BGM感覚なので見たい作品というか、見るつもりのなかった作品を選ぶことが多い。

 だから、レコメンドされるまま、自動的に再生しているんだけど、先日、菅野美穂主演で1996年に放送された『イグアナの娘』が流れ始めた。

 タイトルとあらすじは知っていた。娘がイグアナに見えてしまう母親の話。親子のコミュケーションの難しさを描いたとして、心理学の本などでたびたび紹介されていた。

 でも、1993年生まれのわたしはリアルタイムで見てはいないし、再放送にでくわしたこともなかった。気にはなりつつも、縁のない作品だと思っていた。

 まさか、この人生で見ることができるとは。素直な喜びともに画面を見ていたら、これが面白いのなんの! すっかりハマってしまった。

 いま、8話まできている。現代の感覚からするとめちゃくちゃな展開が続くので、「そんなアホな!」としょっちゅうツッコミを入れたくなる。

 それでも、菅野美穂演じるイグアナの娘は素直で優しい頑張り屋さんなので、めちゃくちゃ応援したくなる。どんな理不尽な目に遭っても他人を責めることがないのだ。この子が幸せになる姿を見るまで、試聴をやめることはできない。

 ただ、そんな風にドラマを楽しみつつも、萩尾望都さんの原作は全然違う内容なんだろうなぁと思わざるを得なかった。

 特に、ドラマで連発されるイグアナの娘の「わたし、変わりたい!」というセリフに違和感を覚えた。母親からいじめられ、自信を失くし、ウジウジした性格になってしまったけれど、そんな自分が嫌だから、明るい女に生まれ変わりたいというのだ。そうすれば、憧れの人に好きになってもらえる、と。

 なんとなく、萩尾望都さんの世界観には合わない気がした。『ポーの一族』や『11人いる!」など主要な作品しか読んだことがないけれど、萩尾望都さんならイグアナである自分を肯定できるようになるまでを描く気がした。

 だから、そのあたりを確かめるべく、原作を購入した。

 案の定だった笑

 母親が自らの欠点を隠すべく、自分に似ている娘を否定したくなる心理描写は共通していた。しかし、娘側がそんな理不尽をどう受け止めるかについてはかなり違っていた。なんなら真逆と言ってもいいほどだった。

 とはいえ、原作は50ページしかない短編なので、これ全11話の連続ドラマにするのはかなり困難。ストーリーを変えて、キャストを増やし、オリジナルの要素をかなり足さなさないけない事情はよくわかる。その過程で困難を乗り越えて、人間的に成長していく主人公という設定が必要になってきたのだろう。

 そうなると母親と娘の分かり合えなさは乗り越えるべき障害になってしまう。ここに原作とのズレが生じる。なにせ、萩尾望都さんは親子(あるいは家族)であっても分かり合えないことはあり、だからと言って、不幸ではないのだと伝えようとしているのだから。

 娘がイグアナに見えてしまう現象は治療のできる病気ではない。本当にそう見えてしまうのだ。そう考えれば、娘としても母親が自分にキツく当たってくる理由に納得がいく。仕方がなかったんだ、と。

 萩尾望都さんが『イグアナの娘』を描いたのは1992年、43歳のとき。母親とうまくいかなかった自らの経験を見つめ直し、どうすれば母親を肯定できるのか、本気で挑んだ意欲作だった。

 2017年に女子美術大学で行われた特別講座で萩尾望都さんは親との関係について語っている。

 マンガ家になって何が大変だったかというと、編集とのバトルでもないし、アイディアが出ないことでもなく、とにかく親との関係が非常に大変でした。
 私の両親は二人とも大正生まれで、マンガなどは全然読まないで育ってきた人たちです。ですから私がマンガを読んで育ってマンガ家になりたいと言い出したときには、頭から大反対です。何故そんなくだらないことをするのか。童話の挿絵画家ならまだ認められるけれど、マンガなんてひらがなを読めるようになったら卒業するものと思っています。それくらい意識のギャップがあるのです。
 でも私はどうしてもなりたくて、投稿して、デビューして、マンガ家になりました。原稿料をもらえるようになって、母は少しは認めてくれたのですけれど、どのみちつまらないことをやっている、という意識は変わりません。ずっと「いつやめるの?どうしてまだ描いてるの?どうして親の言うことを聞かないの?」と延々10年も言われ続けました。

萩尾望都作品目録「女子美術大学特別公開講座『仕事を決める、選ぶ、続ける』レポート」より

 それでも萩尾望都さんは周知の通り、精力的に漫画を描き続けていく。1970年には上京。『ポーの一族』と『トーマの心臓』など作品はヒットし、金銭的にも成功を収める。

 そんな折、定年退職した父親が会社を作ろうと提案したという。

 ちょうど退職した父が通帳の管理をしてあげるから会社にしようと言ってくれました。私もお金の計算をするのは面倒くさいし、お父さんがやってくれるのならと思って頼んだのです。それで望都プロダクションという会社をつくり、父が社長になりました。父は母とともにマンガを描くことに反対していたのですが、こんなふうに協力してくれるなんて、ありがたいと思ったのです。でもそれからが大変でした。

萩尾望都作品目録「女子美術大学特別公開講座『仕事を決める、選ぶ、続ける』レポート」より

 やたらと職場にやってくる父親。邪魔だから追い出すと母親が怒りの電話をかけてくる。アシスタントに払う給料が高過ぎるとケチをつけてくる。あいつらは弟子みたいなもんなのだから、逆に、金をもらうべきだと主張してくる。宣伝用の絵を描く仕事をかってに取ってくる。忙しいから無理だと断ると、「じゃあ、俺がお前の名前で描いておくよ」と言ったりする。

そういうのが積もり積もって、あるとき大げんかしたのです。とうとう親が怒ってしまって「親をないがしろにして言うことを聞かないのは仕事なんかしてるからだ、やめなさい。」と父と母が言ってくるわけです。もう私も腹が立って、少しは応援してくれると思ったから、社長になってもらったり、好意をもとうと思ったのに、結局最後はやめなさいかと思って、完全に決裂しました。それが1979年頃です。

萩尾望都作品目録「女子美術大学特別公開講座『仕事を決める、選ぶ、続ける』レポート」より

 そこから縁を切るつもりで、お中元や年賀状こそ送りつつも、両親とはコミュニケーションを取らない覚悟を決めたそうだ。

 ところが、1982年、ロシア旅行中に萩尾望都さんは交通事故に遭うのですが、不思議な経験をして両親のことを考えるようになっていく。

 この事故については、不思議なことがありました。私が事故にあったのは12月30日の朝の11:30くらいです。同じ12月30日の11:30くらい、日本時間なので実際はタイムラグがあるのですが、この時間に母が自転車から落ちて頭部を打撲しているのです。頭が痛くて年末正月は寝ていたそうです。私が事故に遭って頭を打ったという話を少し後に聞いて、私が帰国した際に羽田か成田に両親が「無事で良かったね」と迎えに来てくれたのですが、そのときに母が自分が自転車から落ちた話をしました。「あなたはね、お母さんのおかげで助かったのよ。お母さんが頭を打ったから、あなたは軽くて済んだ。」と、言われてみるとそうかもしれないとちょっと思わず思ってしまいました。シンクロニシティのようなものがあるのかもしれません。
 この後の親との関係では「マンガのことはちょっととりあえずおいておこう」という感じでした。マンガの話をすると私が怒ることがわかっているので、親もマンガの話は極力しないようになり、やめろとは言わなくなりました。その話は箱に入れて蓋をして、当たり障りのないところでコミュニケーションをとるようになりました。

萩尾望都作品目録「女子美術大学特別公開講座『仕事を決める、選ぶ、続ける』レポート」より

 同時期、萩尾望都さんは親殺しをテーマにした『メッシュ』という作品を執筆中だった。両親との不仲をきっかけに心理学を勉強し、オイディプス王の物語をベースに親との関係を見つめ直していたという。

 おそらく、このときは乗り越えるべき対象として親を捉えていたはず。それが交通事故の不思議な経験によって、分かり合えないなりにも愛情が感じることは可能なのだと、フロイト的な解釈とは異なる視点で親との関係を再構築できるようになった。

 親になんとかマンガを描くことを認めてもらおうと思って、心理学の本をずっと読んでいたのですが、どう言ったら理解してもらえるのか、わかりませんでした。結局、占いの本を読んだら「相性が悪い」と書いてありました。相性が悪いのならどうしようもないなと思いました。そして、親と話しても話しても通じないのは、話している言葉が違うのではないか。もしかしたら私は人間ではないのかもしれない。人間ではないから、いくら話しても通じないのだと思いました。人間ではないのなら、私はいったい何なのだろう?。ふと「イグアナかもしれない」と思い、「イグアナの娘」という話が生まれました。これは自分はイグアナだと思っている女の子の話です。

萩尾望都作品目録「女子美術大学特別公開講座『仕事を決める、選ぶ、続ける』レポート」より

 ここにドラマ版に欠けている最大の要素が示されている。萩尾望都さんは『イグアナの娘』を「これは自分はイグアナだと思っている女の子の話」として描いていたのだ。

 もちろん、ドラマも娘を軸に物語は展開されるのだけど、高校時代を舞台にしているため、母親の存在感が常にあり続ける。結果、娘がイグアナに見えてしまう母親の狂気が伝播していく構造に陥ってしまう。

 それ自体はスリリングさを生み、映像作品としての面白さにつながっているので、評価すべきポイントではある一方、『イグアナの娘』が提示した親子関係のリアリティは残念ながら抜け落ちてしまう。

 というのも、娘がイグアナに見えてしまうことは狂気でもなんでもなくて、仕方のないことだから。故に、娘はそれを許すのではなく、理解してあげるという結論につながっていかなくてはいけない。

 いまや、毒親という言葉も定着し、親が子どもの人生を支配し、悪影響を与えることは広く知られるようになった。ドラマ版の『イグアナの娘』は90年代の時点で毒親の実態を描いたという点で革新的だったのだろう。

 だけど、毒親という形で親を非難した場合、子どもは自分をコントロールしようとしてくる親に対して、許すか許さないかの二択で答えを出さなきゃいけなくなってしまう。そのため、多くの毒親コンテンツのエンディングは後味の悪いものになりがちだ。

 ところが、萩尾望都さんの描いた『イグアナの娘』は毒親の向こう側にたどり着いているので、爽やかなハッピーエンドを実現している。これは途轍もなくヤバいことだとわたしは思う。

 2017年、『母親になって後悔している』という本がドイツで刊行され、世界的な話題を呼んだ。日本でも翻訳が出た際はちょっとした事件となった。

 この本で明らかになったのは、子どもに対する愛情とは別に、母親であることの後悔は独立して存在し得るということだった。噛み砕けば、母親という立場が辛いというのだ。

 人間はそんなに単純じゃない。子どもを産んだ瞬間、母親という生き物に生まれ変わるわけではないし、自分の人生を生きたいという当たり前の願望が消えるわけではない。

 従来、子どもが生まれたら親は脇役になるのが当然と考えられていた。子どもの成長を願い、その成功を我がことのように喜ぶのが普通である、と。

 でも、人間と人間の関係なんだと考えれば、親が子どもに嫉妬したとしても不思議ではない。なにせ、子どもの方が自分より素敵な人生を送ってしまったら、この子に似ている自分はなにをしているんだ……、と虚しくなってしまうから。

 わたしたちは自分とあまりにかけ離れた凄い人に嫉妬はしない。大谷翔平を見て、あんなやつより俺の方が! と思ったとしたら、認知が相当歪んでいる。

 嫉妬するのは自分もそうなる可能性があるときだけ。中高時代の同級生の活躍にモヤモヤしたり、別れた恋人の幸せな姿にイライラしたり、近いからこそもどかしくなってしまう。

 そういう意味で、親子ほど近い存在はないわけで、そこに自分のもうひとつの人生を見てしまうのは当たり前なのだ。

 このどうしようもなさに真正面から向き合って、仕方ないと肯定してみせた点に萩尾望都さんの原作『イグアナの娘』の凄さがある。

 こんな風に毒親の向こう側を見せてくれる作品をわたしは他に知らない。いまなお新鮮に輝く傑作だった。




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