今日のジャズ: 2月24日、1959年@ニューヨーク
Feb. 24, 1959 ”Left Alone”
By Mal Waldron, Jackie McLean, Julian Euell & Al Dreares for Bethlehem (Left Alone)
黒人ピアニスト、マルウォルドロンが伴奏を務めた夭折の天才ジャズ歌手、ビリーホリデイと共作した曲で、本演奏にて一世一代の名曲となってスタンダード化した。録音同年に天に召されたホリデイに捧げられたアルバムに収録されている。
哀しげな旋律をアルトサックスのジャッキーマクリーンが内省的に抑制した旋律重視のスタイルで奏でていて、それはまさにビリーホリデイの歌唱を若干デフォルメした印象。そのホリデイを回想しながら、マクリーンのサックスに寄り添って黒子として伴奏するマルの真摯な姿勢と旋律が心に染み入る。
あまりにも重苦しい感じに進行していくので、正直に言うと前向きに頻繁に聴く気にはなれないが、左に配置されたマクリーンのアルトの飾り気のない第一ソロが終わる2:30まで乗り切る事が肝要。そこからマルの感情を抑えつつ偲んだ雰囲気の、とはいえピンボールのような読めないリズムのソロによる誘いが待ち構えている。これが特に疲れた時に耳にすると何故か心と身体に染み入って来る。そのソロを経た3:45から再登場する際のサックスの生々しい音色にギョッとするが、バランスを取るようにベースとドラムの存在感を高める事で、重苦しさの偏りが是正されて最後まで流れて行く。
マルは欧州移住組の一人。欧州有数の名レーベルとなるECMは、マルによる本作から十年後の1969年収録作品から歴史が始まっている。そのスタイルは、初志貫徹のECMらしく、本曲のようなモダンジャズスタイルから脱却して、初作品から、それまでに無い新感覚的な斬新な音楽、そこではフリージャズの要素を折り込んだ演奏となっている。そのタイトル名はまさに”Free at Last”。

アメリカ出身で名門プレスティッジのハウスピアニストとして活躍したマルが、ECMとEnjaといった欧州レーベルで作品を遺し、その後に日本でも高い人気を得た理由は容易には解けないが、各地での柔軟な適応力は当然のこと、個性的で忘れた頃に食べたくなる癖のあるラーメンのように独特な、やや後ノリテンポのボイシングが、一つの鍵なのではと推測する。
本レーベルは1953-1961年と短期間の活動ながら、珍しく東と西海岸の両方に拠点を置いて通好みの名盤を残したベツレヘムで、こちらはNY録音。何処のスタジオかは記録が無い。
アルバムジャケットを見みると、ビリーホリデイの写真に目を奪われるが、その企画の触れ込みが以下の通り記載されている。縦書きのアルバム名と重ねてジャズとしては珍しいアルバムデザインでもあるが、いかにもベツレヘムレーベルらしい。
MAL WALDRON
at the piano
plays moods of
BILLIE HOLIDAY
her former
pianist
and his trio

と、ここまで書いて気付いた重要な点がある。この題名からすると、ホリデイが亡くなって、それを追悼して録音された作品のように思えるが、実はそうではないようだ。この作品の録音は1959年2月24日で、ホリデイが亡くなったのは、同年の7月17日だから順番が前後する。因みにホリデイの最後の録音は同年の3月3、4、11日と本アルバムの直後だが、そこにマルは参加していない。しかるに本アルバムジャケットに”her former pianist”との記載があるのかもしれない。
ここからは推測の行きを出ない話だが、ホリデイは晩年肝硬変を患い、本作品の前後頃に急激に8キロ程度痩せたにも関わらず医者にも行かず、明らかに余命が少ない兆候があったから、いずれ来る天命を予見し、案ずる心情があってのマルの演奏があるのではないか。
しかしながら、謎が残るのは、本アルバムの最後に収められているマルのインタビュー。そこでは明らかにホリデイが亡くなったと話しているから、本アルバムの録音日が誤認されているか、或いはインタビューの箇所のみ亡くなった後の別の日に収録したか、のどちらかで、恐らく後者であろう。
だとすると、ホリデイが亡くなった事を受けて、アルバム名やジャケットデザインに手を加え、インタビューを付け足して追悼版として発売されるに至った、と考えるのが自然ではないだろうか。
ある種、商業的な意図が見え隠れするが、本作品の質の高さからすると、それはマルのアーティストとしての意思とは関係無いものだと考えたい。
