ちょい読み 2025/ 6/20
・ 『絶望の精神史』 金子光晴 著(講談社文芸文庫 )
【千夜千冊(意表篇)】 再読 121 / 224 頁
僕の一生のつきあいをしてくれた文学とのくされ縁が、はじまった。
それも、一筋なものではない。
僕は、文学に泣きついたり、憎んだり、あいそづかしをして、
いくども遠ざかったり、淫戯にふけってみたり、
裏切ったり、だましたり、また逆に、文学から見放されたり、
さんざんなていらくで、ともに泥のようにもつれあってきてしまった。
そして、今日まで、文学の風上にもおけないような自分流の文学と、
いまだにけんかしながらも、もはやあきらめて、
たがいの生涯を見届けるつもりになっている。
先日お会いしたむらやんさん(村山ケイさん)の言葉、
『音楽と心中する』と同様、もはや個人的宗教なのだろう。
no+e世界にもおられるクリエイターの方々は、
このような思いも抱いているのですね。
20250619神戸の思い出|むらやん@猫キチ作曲家(Kei Murayama)
・ 『方法Ⅰ 自然の自然』 エドガール・モラン 著(1984)
【千夜千冊・1851夜(絶筆篇)】207 / 622 頁
全体性のなかにはブラックホール(黒い穴)がある。
眼をくもらせる汚点(しみ)がある。
影の地帯、亀裂がある。全体性はおのれの内に内部分裂を含み、
そうした分割は、区別のはっきりした部分同士の分割だけとはかぎらない。
それらは分裂の数々であり、ときには抗争、さらに分離の源である。
組織に属していて、主流派と反主流派の状況を、非主流派の私が見ている。
組織のある部分として、反組織が存在する。
人の中にも、反対存在がいる。
生は、その中に死を内包していたり、
宇宙の中にも、反宇宙があるはずだ。
余り意識してこなかった概念だったけれど、言われてみればそうだよね。
存在とは、その「正ー反」の拮抗があるから、
成り立っているのでしょうか。
なかなか読み進めないけれど、面白そうな本なので、
5巻の『方法 ー人間の証明ー』を発注した。
6巻は邦訳されていないかと。
