「もし簡単な人生を求めていたら、私はここにいません」モーディ・マオールHCインタビュー
長崎ヴェルカは明日、ハピネスアリーナでりそなグループBリーグ2025-26シーズンのホーム開幕戦を迎えます。ホーム開幕戦を前に本日は、ヴェルカのヘッドコーチとして2年目のシーズンに臨むモーディ・マオールHCのインタビューをお届けします!
8月に行った本インタビューの内容は、現在発売中の『NAGASAKI VELCA 2025-26 SEASON YEARBOOK』にも「Portrait of Mody Maor - モーディ・マオールの肖像 ヘッドコーチ、かく語りき」と題して、いわば本稿をリミックスした記事を掲載しています。ぜひ、両方をお楽しみいただけますと幸いです。

「宮本武蔵の『五輪書』には5つ以上の異なる翻訳があります」
ーー今日はお時間いただき、ありがとうございます。改めまして、私はクラブのPR担当者として現在、noteというブログのようなプラットフォームで、選手たちのインタビュー記事などを公開しています。
モーディ:全てのインタビューを読んでいますよ。
ーーえ、本当ですか? ありがとうございます! でも、記事は全て日本語ですよ? あ、Google翻訳とかを使っているのでしょうか?
モーディ:Google翻訳は、会話形式の砕けた日本語の翻訳があまり得意ではありません。この手の文章を翻訳するには、ChatGPTが最も信頼できますね。ChatGPTで翻訳した記事を読んで、もし細かなニュアンスがわからなければエイト(弓波英人アシスタントコーチ)に確認しています。翻訳の質はとても重要です。宮本武蔵の『五輪書』には5つ以上の異なる翻訳がありますが、そのうちのいくつかは素晴らしい一方で、いくつかは読みにくいですから。
ーー英人さんに確認までして、読んで下さっていたんですね。ありがとうございます。実は現在、新シーズンの開幕に向けてイヤーブックも制作しているんです。
モーディ:ええ、聞きました。グッドラック!
ーー今日あなたにインタビューする内容は、noteとイヤーブックの両方に、それぞれ異なるスタイルの記事として掲載したいと考えています。バスケットボールについてはもちろんですが、あなたのプライベートな一面や、長崎に来る前のキャリアについてもお話しいただけると幸いです。きっとファンの方たちは、あなたのことをもっと好きになると思います。
モーディ:私は気にしませんよ。
ーーそうですか(笑)。では早速、始めましょう。いきなりプライベートな話になりますが、あなたには2人の娘さんがいらっしゃいますよね。実は私にも、娘が2人います。
モーディ:何歳ですか?
ーー5歳と2歳です。
モーディ:私の娘たちと全く同じ年齢ですね。
ーーそうなんです。なので個人的に、同じ年齢の娘2人の父親として、あなたに少し親近感を感じていました。奥様も含めた家族4人で長崎に暮らして1年ほど経ちますが、長崎での生活はいかがでしょうか?
モーディ:楽しくやっていますよ。
ーーあなたとあなたのご家族にとって昨年、日本という新しい国で生活を始めたことはきっとチャレンジングな経験だったのではないかと思います。言葉も文化も、あなたが生きてきた文化圏とは違いますよね。
モーディ:チャレンジング、という言葉は適切ではないですね。私たち家族が経験したのは、アジャストメント(適応)です。日本は、これまで私たちがいた場所とは全く違います。長崎に来る前に住んでいたニュージーランドの公用語は英語ですが、日本の公用語は日本語です。長崎には、英語話者のための大きなコミュニティがありません。言語の違いが、私たち家族と長崎のコミュニティの間に壁を作っていることは事実です。とはいえ、私たちはとても仲の良い家族で、娘たちが生まれてから面白い数年間を過ごしてきました。長女が生後3ヶ月の時、ニュージーランドを拠点にしていたチームが新型コロナの影響で移転を余儀なくされ、私たちは1年間、都市を転々としていました。拠点となる場所がなかったのです。次女が生まれたのは、私がブレイカーズのヘッドコーチに就任してから数週間後のことで、とても忙しい時期でした。私たち家族はユニットとして、どうすれば上手く機能するかをわかっています。そして、私たち家族をひとつにしてくれる、冒険を恐れない素晴らしい妻を持つ私はとても幸運です。私の娘たちはこの街で、他の多くの子供たちが経験できることを同じように経験できていると思います。
ーーあなたの娘さん2人は、あなたの仕事について理解していますか?
モーディ:ヴェルカというバスケットボールチームがあること、そして長崎のコミュニティにとってヴェルカが重要な存在であることを、ある程度は理解しています。また、彼女たちはこの仕事の一時性も理解し始めています。何年かニュージーランドにいて、何年か長崎にいて、その後はまた別の場所に何年かいるであろうということを。物事の全体像を完全に把握しているとは思いませんが、ヴェルカが何かということは間違いなく理解していますし、彼女たちは試合に来ることや、クラブハウスに来ることを楽しんでいます。
ーー娘さんたちがこのクラブハウスに来ている姿はよく見かけます。
モーディ:2人ともすぐ近くの保育所に通っています。私は大体、かなり長い時間働いていて、彼女たちが朝起きる前に家を出て、彼女たちが眠りについた後に家に帰ることが多いです。だから私たちは、こうして毎日一緒に過ごす時間を作ろうとしています。娘たちがこのオフィスに立ち寄るのも、そのためです。時にはここでランチを共にすることもあります。
ーー先週、あなたの娘さんたちがあなたのオフィスでピクニックをしている、とても素敵な光景を見ましたよ。彼女たちは日本語を話しますか?
モーディ:いえ、全く話しません。
ーーあなた自身は家庭教師をつけて、日本語を学んでいますよね? あなたの通訳を務める英人さんは、あなたが日本語をかなり理解していると話していました。
モーディ:向上はしていますが、私の日本語は決して上手ではありませんよ。ちなみに、エイトは私にとって通訳以上の存在です。彼はとても才能豊かで、献身的なアシスタントコーチであると同時に、優れた通訳者でもあります。私にとっても組織にとっても、極めて重要な存在です。
ーーたとえ通訳がいても、自分自身である程度は日本語でコミュニケーションを取れるようになることは、あなたにとってどれくらい重要ですか?
モーディ:その話には、いくつかの論点があります。まず、日本語と西洋の言語とでは構造が著しく違います。そのことは、それぞれの言語を話す人々の思考法、どのようにして物事を考えるかに影響を与えています。どんな形容詞が存在するか、どんな動詞が存在するか、日本語と英語で違います。それ故に日本語を学ぶことは、日本や日本文化、そして日本人を理解することにつながります。文化をより深く理解することができれば、人々をより深く理解することができ、選手や組織により良い影響を与えられるようになります。簡単なことではありません。日本語の語彙を増やし、日本語の文法や文脈を理解することは、決して簡単ではありません。日本語は、外国人が簡単に理解できるように作られていません。でも私には素晴らしい先生がいますし、日本語を学ぶことにかなりの時間を費やしていることは事実です。
ーーなるほど。確かに言語は、思考のフレームワークを形作りますよね。
モーディ:はい、間違いなく。日本語はとても難しく、私が望んでいたよりも私の理解は進んでいませんが、今は会話の一部であればある程度は理解できます。もし誰か二人が日本語で話をしていて、私がその場にいれば、少なくとも彼らが何について話をしているのかを理解できる可能性は高いです。内容だけでなく話し手の感情や、ポジティブかネガティブか、興味を持っているかどうか、怒っているかどうかといったことも理解できる可能性は高いです。これは、日本に来たばかりの頃にはできなかったことです。当初は、同じように誰か二人が日本語で話しているのを聞いても、彼らが何を話しているかだけでなく、何を感じているのかも全くわからなかったのです。
ーー感情を理解することは時に、話の内容や意味を理解する以上に重要だと思います。
モーディ:今の私は、話し手の感情をある程度は理解できる程度の日本語力を有していると思います。ただ、私自身がどう感じているか、何を考えているかを上手く伝えることはまだできません。カジュアルな会話はできますが、複雑な考えや感情、概念を日本語で共有することはできません。エイトがいなければ、私はこれらのメッセージをチームに伝えることはできないのが現状です。



「日本ならではの困難はあったか? ひと言で答えると「イエス」です」
ーー昨シーズン、あなたはBリーグで初めてのシーズンを戦いました。最終的な戦績だけを見ると、期待していた通りのシーズンではなかったと思います。ただ、その過程であなたとチームは様々な学びや成功を経験したと思いますし、もちろん困難も多々あったと思います。今一度、昨シーズンの戦いを振り返っていただけますでしょうか?
モーディ:プロスポーツでは常に、結果が最も重要です。私たちは勝つためにここにいます。世界中のあらゆる場所の、あらゆるプロスポーツの世界に当てはまる話です。しかし、バスケットボールのシーズンでは私たちがコントロールできない多くのことが起こります。これも全てのスポーツに言えることですが、ここではバスケットボールに絞って話をしましょう。それが私たちの関心事ですからね。
ーーはい。
モーディ:バスケットボールのシーズンでは、私たちがコントロールできない多くのことが起こります。その中で私たちは、考え得る限り最高のプロセスを踏みたいと考えています。プロセスは、オンコートでもオフコートでも存在します。プレースタイル、ロスター、エグゼキューション、エフォート、フォーカス、インテンシティなど。私たちは、コントロールできる全ての領域で、可能な限り最高でありたいと思っています。コントロールできることにのみ焦点を当て、それらのことに全力を注ぎ、成長し、向上し、それらの領域をマスターしようとすれば、時間を要するかもしれませんが、自然とスコアに反映されます。つまり、結果こそが最も重要ではありますが、スコアや試合に勝つことは副産物であり、主産物ではありません。様々な領域において優れていること、その副産物なのです。
ーー「試合に勝つために」ではなく「より良いプロセスを踏めるように」と考えて行動し、その結果として勝利の可能性が高まる、ということですね。
モーディ:はい。どのシーズンでも、そのシーズンならではの物語があり、そして簡単なシーズンは存在しません。だからこそ私は、この仕事を愛しているのです。強度が高く、アドレナリンに溢れ、課題と問題があり、それらを解決していくという……毎日、毎週、毎月、そして毎年、こうしたプロセスが存在します。私は、簡単なシーズンを望んだことはありません。充実したシーズン、成功したシーズンを望みますが、簡単であることは方程式の一部ではありません。もし簡単な人生を求めていたら、私はここにいません。
ーーはい。
モーディ:過去のシーズンを振り返る時、私たちは最終的な結果と結びつけて語ろうとします。先ほど私が言った通り、結果はとても重要です。一方で、私たちがコントロールできなかったこと、そしてそれが私たちにどのような影響を与えたかを理解しようとする必要もあります。昨シーズンについて具体的な話をすると、私たちがマーク(・スミス選手)とババ(馬場雄大選手)のどちらか、あるいは両方を怪我で欠いた試合が25試合あったという事実を無視することはできません。彼らを欠いた25試合の成績は、5勝20敗でした。逆に私たちがフルロスターで戦った試合の結果を見ると、チャンピオンシップに進出したチームに遜色ありません。つまり、もしシーズン中に怪我人が出なければ、そして同じようなパフォーマンスをシーズンを通して続けていれば、私たちがチャンピオンシップに進出できた可能性は十分にありました。そして私たちは今頃「素晴らしいシーズンだった」と話しているでしょう。
ーー確かに、数字が物語っていますね。
モーディ:私たちは昨シーズン、オンコートでもオフコートでも、多くの領域で優れたプロセスを踏むための土台を築きました。細部へのこだわり、入念な準備、フィードバックのループ、改善点を見つけて素早く修正する能力、そしてオープンなコミュニケーション。コート上でのプレースタイルについても、オフェンスとディフェンスの両面で多くの土台を築きました。そして今、私たちはその土台の上に建物を建てていく必要があります。
ーーあなたのフォーカスは、とにかく「優れたプロセスを踏むこと」にあると理解しました。
モーディ:はい。常に、あらゆる面において。
ーーあなたはニュージーランドでも、あるいはイスラエルでも同様の取り組みをしてきたのだと思います。同じことを昨年、日本という国でやろうとした時に、特別に難しいことは何かありましたか? 言語がひとつの障壁になり得ることは想像できますが、それ以外に日本ならではの困難は何かありませんでしたか?
モーディ:とても良い質問です。日本ならではの困難はあったか? ひと言で答えると「イエス」です。日本でプロセスを最適化させること、あるいはオンコートでもオフコートでもこの文化を根付かせることには、他の場所にはない難しさがありました。それは日本がより難しいということではなく、ただ単にどの場所、どの文化、どの組織も異なる習慣を持っているからです。そして、習慣とプロセスは非常に強く結びついています。なぜなら、習慣はあなたが毎日行うこと、あるいは毎日あなたの行動や思考を組み立てるものだからです。そしてプロセスは、あなたが習慣的に行うことの結果です。だから、間違いなく困難はありました。
ーー具体的には?
モーディ:言語の違いは、最もわかりやすい例です。私にとって、英語でメッセージを伝えることは日本語でメッセージを伝えるよりも簡単ですし、私の発言の全てが翻訳というフィルターを通して伝えられ、時間もかかります。コミュニケーションの難しさは間違いなく存在します。でも、私たちは良い形でこの問題に対処したと思います。この問題は、対処が難しいものではありません。なぜなら、これが問題であり、努力の対象であることを誰もが理解しているからです。私は日本語を話す努力をし、エイトは私の言葉を捉える努力をし、聞き手は相手の感情を理解しようと努力します。私たちは、わからないことがあれば質問できるような環境を作ることができました。昨年のチームが経験した最大の進歩は「質問をするのが上手になったこと」だと思います。私は、日本人の核となる特性のひとつが「質問をしないこと」だと学びました。誰かの邪魔をしないようにするためなのか、わからないと言うことが悪いことだと認識されているのか、私はまだ完全に理解していません。
ーー恥の文化……かもしれませんね。
モーディ:そうですね。そして、それは成長を妨げる文化の一部です。それは学びを遅らせます。昨シーズンの序盤、目標は全ての答えを持つことではなく、正しい質問をすることだという認識を共有できたとき、私たちの学習は格段に速くなったと感じています。ただ、日本文化がプロセスの確立を難しくする要因は他にもあります。たとえば「先輩・後輩」文化です。この文化は、いくつかの素晴らしい側面を持つ一方で、複雑な側面も持っています。この文化がもたらす問題についても、私たちは対処する必要がありました。そして、日本文化とは関係なく、ヴェルカがクラブ創設からさほど時間の経っていない、非常に若い組織であることに起因する問題もあります。このクラブはコート内外で美しい文化を築いてきましたが、B3やB2における困難は乗り越えてきたものの、B1で新しい困難に直面したのです。



人間の成長曲線や「守・破・離」のステージ移行は直線的ではない
ーー昨シーズン、あなたのもとでプレーした選手たちにインタビューをしていますが、ほとんどの選手が「昨シーズンは大変だったけど、成長できた」と話しています。具体的には、最初はあなたが目指すバスケットボールを理解すること、また新しい役割にアジャストするのが難しかったけど、シーズンを通して理解が深まり、選手として新しい可能性を見出すこともできたと多くの選手が語っていました。あなたは昨シーズン、多くの選手たちに明確な役割を、時に極めて限定的な役割を与えましたよね。一見すると自由度の低い、選手たちにとっては時に窮屈にも感じられるコーチングだったのではないかと思いますが、あなたの戦略にはどのような意図があったのでしょうか?
モーディ:まず、最初に言った通り、私はあなたがこれまでに書いたインタビュー記事を全て読んでいます。翻訳を通して読まねばなりませんでしたが、あなたが選手たちを、自身の正直な思いと意見を共有できる場所に置いてくれたと私は感じました。彼らは自分の強みと弱み、去年やったことの何が簡単で何が困難だったかを語っており、それを面白く読みました。私は、あなたの記事から新しいことを何ひとつ学ばなかったことに満足しました。つまり、あなたが各選手から引き出した話は、私がシーズン中「この選手は今、このようなプロセスの過程にいるのだろう」と感じていたことと見事に一致していました。シーズンの始めにどう感じていたか、シーズンの最後はどう感じていたか。それこそが「プロセス」の定義です。彼らは、シーズンの最初と最後では別の選手になっていました。一人ひとりがバスケットボールへの理解を深め、より優れた選手になりました。チーム全体の文脈の中で、自分の存在がどのように位置付けられるかを、今はより理解していると思います。それが、私が先ほど言った「土台」です。
ーーはい。
モーディ:その上で、私のバスケットボールスタイルについて説明します。なるべくわかりやすい表現で説明しようと思います。最初に断っておきたいのですが、私は自分の考えが絶対に正しいと主張したり、このクラブに以前あったものを軽んじるつもりは毛頭ありません。もし私の発言が過去を否定するかのように聞こえたとしたら、それは私が本当に言いたいことではありません。その点は明確にしておきましょう。
ーーわかりました。なるべくあなたの本意に沿った翻訳ができるよう努力します。
モーディ:ありがとうございます。まず、選手が自分の分野のマスター、つまりエキスパートへと成長する過程についての私の哲学は、武道における「守・破・離」の理論と全く同じです。卓越性の核心には土台が座っている、という考えです。まずは、型に忠実に行動します。つまり、競技の基本をマスターするんです。バスケットボールには、このようにプレーされるべき、というセオリーがあります。技術的な観点でも、意思決定の枠組みにおいても、何を努力の対象とすべきかという観点でも。優れたバスケットボール選手になるための基本的なアプローチが存在します。それは、私たちがチームとして持っていなかったもので、個々の選手たちの多くも持っていませんでした。昨年の課題はまず、それらの土台を根付かせることでした。武道でも「守」の段階で、完璧なパンチを1万回繰り返して、それを本能的に身につけるように。
ーープロ選手といえども、まずは徹底的に基本を身につけるところからのスタートだったのですね。
モーディ:はい。誤解を恐れずに言うと、日本のバスケットボール選手たちの多くが基礎を欠いているように私は感じました。日本のバスケットボール界が近年、急速に成長したことが一因だと思います。アマチュアからセミプロ、そしてプロへと、急速に移行しました。それ故に日本のバスケットボール選手たちは、とても才能がある一方で、土台を欠いていたと思います。それ故に昨シーズン、私のチームでプレーした選手たちの多くに、それぞれ特定の役割を担い、特定のことを特定の方法で、一貫して行うことを求めました。それは彼らが型を学んでいたということです。選手たちが行う全てのことには必然性があり、決してランダムではないということです。
ーー「守」の段階では、反復を繰り返して「こういう時はこうする」という反応を体に覚えさせる、ということですね。
モーディ:はい。そして「守」の次のステップである「破」の段階で、選手たちは自分自身の方法や解釈を持ちを始めます。試行錯誤し、自分自身の方法や解釈を見つけていくことで、選手として自立していきます。昨シーズンの後半、多くの選手たちがその段階に到達し始めました。その結果として、彼らのパフォーマンスが向上しているのを見ることができました。私たちは、構造や堅苦しさに縛られる「守」の段階に留まることを望んでいるわけではありません。私たちの目標はまず第一に、バスケットボールの試合がどのようにプレーされるべきかを理解することです。これは技術的、戦術的な側面についての話です。スペーシングの概念や、ディフェンスにどう対応するか、いつどこでアタックするか、といった基礎を理解します。そしてチームの文脈も理解した上で、自分自身の方法や解釈を持ち込むんです。昨シーズンの後半、3月から4月にかけての頃は多くの選手たちがその段階に到達することができました。
ーーとなると、今シーズンは最初から「破」のモードでスタートできる、ということでしょうか?
モーディ:人生がそれくらいシンプルだったら良いのですが、そんなことはありません。というのも、人間の成長曲線や、プロセスは必ずしも直線的ではないからです。「守・破・離」のステージ移行も直線的ではありません。それは、お互いを包含する3つの円のようなもので、マスターでさえ時々「守」に戻ってきます。だから、「破」に到達したから「守」はもう不要である、という話ではありません。昨シーズン中、選手たちが何かを掴んで自分自身の方法や解釈をプレーに持ち込み、成長する瞬間が確かにありました。しかし相手も成長するので、再びアジャストしていく必要があります。プロセスは直線的ではないので、時にはパフォーマンスが下がる時期もあるでしょう。しかし、そこでまた学びが生まれ、その学びから改善が行われます。その繰り返しで、成長していくのです。



「全てのインタビューを楽しく読みました」でも「新しい発見は何もありませんでした」
ーー日本では、特に伝統芸能や職人技の世界で「守」の重要性が強調されます。たとえば一流の寿司職人になりたければ、一流の寿司職人のもとで見習いとして10年修行して、型を徹底的に学ぶ必要がある、というような。近年はテクノロジーの進化などに伴い変化が見られる分野もありますが、師のもとで型を学ぶ、という風習は今も根強いと思います。これは極めて日本的、あるいは東洋の儒教的な思想だと思っていたので、あなたの口から「守・破・離」の重要性が語られるのは面白いと思いました。
モーディ:私はもともと「守・破・離」という概念を知っていたわけではありません。自分の分野でエキスパートになるための優れた学習プロセスとして、まさに「守・破・離」のような概念を頭の中に持っていたのです。私がタクマさん(伊藤拓摩社長兼GM)に自分の哲学を説明したとき、彼が「それは『守・破・離』だね」と言ったんです。確かに日本的な文化として解釈もできると思いますが、異なる文化圏で、同じプロセスを説明するために異なる言葉を使うこともあります。選手の成長をどのように助けることができるかについての私の哲学は、私が日本に来る遥か前から育み、発展させてきたものです。
ーーなるほど。あなたは、自分がこれまでずっとやってきたことが、日本では「守・破・離」という言葉で表現されていることを後から知ったと。
モーディ:はい。そのことを知ってから、私は「守・破・離」について研究し、多くのことが腑に落ちました。私が考えていたことが明確な言葉と概念で表現されており、自分の考えを説明するのがより簡単になりました。私たち一人ひとりがそれぞれの分野で「匠」になるために、どのようなステップを踏むべきか、という私の考えを共有しやすくなりました。
ーー少し話が戻りますが、私が書いた選手たちのインタビュー記事をあなたは全て読んでいる、と言いましたよね。そして、記事を読んで「新しいことを何ひとつ学ばなかったことに満足しました」と。選手たちが語っていたことで、あなたにとって驚きだった話や、意外だった話はありませんでしたか?
モーディ:全くありませんでした。あなたの記事は、各選手がシーズンを通して経験した物語を描いていました。私はヘッドコーチとして、彼らが成長プロセスのどの段階にいるのか、何を感じているのか、何を経験しているのかを理解しようと努めています。選手たちが今いる場所に、できるだけ同調しようと努めています。あなたの記事を読んで私は、自分が感じていたことが選手たちが感じていたことと大きくずれてはいないことを確認できました。改めて言いますが、どれもとても良い記事で、私は全ての記事を楽しみました。でも、あなたが記事を書くために各選手と費やした時間より、私が彼らのために費やしている時間の方が遥かに長いはずです。だから、新しい発見は何もありませんでした。全ての記事が面白かったですし、彼ら自身の言葉として聞いたことのない話もいくつかありました。
ーーなるほど。昨シーズン、あなたのもとでプレーした選手たちの全員が成長したのだと思いますが、成長の速度や曲線の形には個人差があるのではないかと思います。比較的スムーズに成長を遂げた選手もいれば、かなり苦労した選手もいるかもしれません。
モーディ:全ての成長は苦労を通して生まれますが、確かに速く成長する選手もいれば、時間がかかる選手もいます。先ほども言った通り、進歩は直線的ではありません。速く成長する選手でも、停滞期や不振に直面し、それから再び成長します。では、何が成長速度に影響を与えるのか? それは才能です。全ての選手が同じように才能があるわけではありません。才能とは、言うなれば技術的、戦術的な概念を素早く把握し、それを迅速に実行する能力です。才能があるほど学習は速くなります。学習に関して才能がある人は、問題解決に多くの時間を費やすことができ、細部に集中することができます。最高の選手たちは技術的な才能と精神的な強さ、そして学ぶ能力の全てを持っています。選手たちは一人ひとり異なっており、異なる方法で学び、異なるレベルの潜在能力と才能を持っています。私たちコーチの仕事は、それぞれの選手が潜在能力を最大限に発揮できるような教え方や指導方法を見つけることです。



インドを旅して、医者や教師を志した若き日々
ーー今日はあなたのコーチとしての哲学を伺いました。最後に、あなたがこれまで生きてきた人生やキャリアについて聞きたいと思います。あなたはアメリカのロサンゼルスで生まれて、8歳の時にイスラエルに引っ越したのですよね?
モーディ:はい。私は8歳だったので、移住はもちろん私の決断ではありませんでした。私の両親はイスラエル出身で、二人とも若い時に、教育と仕事のためにアメリカに引っ越しました。そして人生のある時点で、両親はイスラエルに戻ることを決心しました。それで、私を含めた家族全員がイスラエルに戻りました。
ーーあなたがバスケットボールに出会ったのはいつのことですか? バスケットボールに出会った時のことを覚えていますか?
モーディ:1980年代のロサンゼルスで育った少年にとって、バスケットボールが生活の一部ではなかった、ということはあり得ないと思います。私の最も古い思い出のひとつは、ロサンゼルス・レイカーズの旧本拠地『ザ・フォーラム』にいたことです。試合については何も覚えていませんが、自分がそこにいたことは覚えています。マジック・ジョンソンやバイロン・スコット、カリーム・アブドゥル・ジャバー、ジェームズ・ウォージーらがいた「ショータイム」時代のバスケットボールを見て育った若者がバスケットボールファンになるのは、至極自然な流れだったと思います。幼い子供だった私も大のレイカーズファンで、この場所でバスケファンになりました。
ーーイスラエルに移住した後も、あなたの人生においてバスケットボールは重要なものであり続けたのでしょうか?
モーディ:バスケットボールはずっと私の人生の一部でした。16、17歳の頃まで、私はかなり良い選手だったんですよ。プロバスケットボール選手、NBA選手になることを夢見ていました。ただ年齢を重ねるにつれて、私が将来のキャリアとして追求すべきことは他にある、と考えるようになりました。そして20代の頃、私は長い旅に出ました。
ーー長い旅?
モーディ:バックパックで約1年、インド中を旅したのです。インドで、ある場所からある場所への移動を続けながら、私は自分の将来について考えていました。自分が進むべき道を定めようとしていたのです。やがて私は、自分自身のためだけでなく、周囲の人々に良い影響を与える仕事をしよう、と決心しました。
ーーそれはとても興味深い話です!
モーディ:私は今も昔も競争心があり、高い達成意欲を持つ人間で、自分が何をするにしても優れた成果を出したいと思っていました。もしあなたが、インドにいた頃の私に「将来は何をするのか」と尋ねていたら、私は弁護士とかビジネスマンとか、そのような回答をしたでしょう。そして私は結局、医者になるという決心をしてインドを去りました。母国に戻って数か月間、医学校に通いました。しかし「これは私がやりたいことではない」とすぐに気付きました。
ーー医学校……そんな過去があったとは知りませんでした。
モーディ:次に私は、教師になろうと思いました。医学校を退学して、高校教師になるための学位を取ろうと大学に入学しました。インドでの旅を始めてから大学に入るまでの約2年間、バスケットボールは私の人生において大して重要なものではありませんでした。20代前半の頃です。
ーー医学校を辞めて、教師になるため大学に入学して……続きが気になります。
モーディ:教師になるため大学に入って最初の年、しなければならないことのひとつは……教育実習です。様々な年齢層の子供たちを相手に、教育の実践的な経験を積むことです。教育実習を受けなければ、教師になることはできません。そして教育実習の一環として、私は5歳の子供たちと一緒にバスケットボールをすることになりました。5歳児のアシスタントコーチです。最初は「算数を教える代わりに」くらいの軽い気持ちでしたが、いざやってみると、その時間を他の何よりも楽しんでいる自分がいることに気付きました。やがて私は、バスケットボールのコーチになるという決心をしました。
ーーそこで再び、バスケットボールに出会ったのですね。
モーディ:日本語の表現を借りるならば、私は自分の「生きがい」を見つけたのです。最初は、プロ選手のコーチになろうと思っていたわけではありませんでした。5歳の子供たちにバスケットボールを教えることから始まり、それが7歳、9歳となっていって、数年後にはプロ選手を指導していました。以来15年間、私はこの職業で、自分が為し得る最高の仕事をしようと務めてきました。
ーーずっとバスケットボール一筋で来たわけではなく、若い頃に迷い、悩み、紆余曲折を経て、バスケットボールコーチという仕事に辿り着いたと。
モーディ:自分がバスケットボールのコーチになることを決断したとき、私はその決断が正しいと感じましたし、今もそう信じています。私は、自分が興味を抱いた様々なことを経験しようとしてきた、そのプロセスに誇りを持っています。そして、自分が本当にするべきことを見つけたとき、それにコミットしました。コミットメントの本質は、もしあなたが最高のバスケットボールコーチになりたいと望むならば、バスケットボールとは関係のない他の全ての興味を諦めることにあります。私は自分がそのプロセスを経たことを嬉しく思いましたし、それ故に心から決断をすることができました。以来、その決断について後悔したことはありません。
ーー確かに、コミットメントの本質は何かを捨てること、何かを犠牲にすることにあると思います。そしてあなたが語ると、とても説得力があります。改めて、今日はお時間いただきありがとうございました。今シーズンの戦いを楽しみにしています!
モーディ:ありがとうございました。もし必要なら、いつでもフォローアップしますから言ってください。グッドラック!


(完)
