金曜日の知らんけど_心持ち
ヤスさん主催の「放課後ライティング倶楽部」で幽霊部員の私が、ここのところの金曜日、何度となく倶楽部纏わりの記事を書いている。
私は、企画ものが大の苦手で。四苦八苦なのであるが。
さて。今回のお題は……。

いつものように、私の思うことを勝手気ままに書くが。
と、いうか、そもそも面白い文章を書いていない私のようなものが、何か書いて投稿しても良いものかどうかは、甚だ疑問だが。
まあ、自分なりの想像を、書こう。
面白い文章を書こうとして、面白い文章を読んだり、テレビ番組や動画を見たりして触れる、研究するというのは、大切なことだろうと思う。
ただ。
世の中で良く言われることだ。
インプットをしたら、アウトプットしなきゃ。
水泳で。平泳ぎの泳法の本を読んだけでは平泳ぎが出来るようにならないのは、やってみて試行錯誤しつつ、フィードバックしつつ、やらないといけないよっていうのと、同じだろう。
でも、文章というのは、書き手がいてなおかつ、読み手がいて初めて成り立つ。
まして、「面白い文章」という、この質問の本質を手繰ると、“読み手が面白いと思う文章”つまり、“読み手の多くが面白いと言ってくれる文章”が、書けるかどうか、ということだろうと推察する。
それは。できるだけ面白いものに触れて研究してみて。それを元に書いてみて、反応を見て、試行錯誤して、改善して、磨き上げていくしかないのだろう。
人に面白いと思ってもらえるものを生み出すためには、自分が面白いと思うものを研究してみるというのが入り口なんだろうことは、間違いない。
だが。
いつも、私は思うのである。
世の中、呼応が大切なんだろう、と。
呼応。
呼べば応える。これだ。
この場合で喩えてみれば。
これ、面白いよと呼んでみて。そして、読んでもらって。
「ああ、面白い」と応えてくれるか。それとも、そうでないか。
なんだよ、それって、感想を聞くっていう、アウトプットと同じじゃないか。と、言われる方もいらっしゃるだろう。
だが、私は違うと思っている。
つまりは、大切なのは呼応する“心持ち”のことで。これって、心の目で見て感じ取るしかなくて。残念ながら人は、このことをよく忘れてしまうのである。
私は、この世の中には、誰がなんと言おうと大事なことが三つあって。それは、“いのち”と、“心持ち”と、“時間”なんだろうと思っている。
星の王子さま的に補足すると、こうだ。
大切なものは、目に見えない。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジ、星の王子さまに、柄にもなく頼っているのね。
うむ。
さて。ヤスさんの記事に書いてあることをバッサリ私流に要約するとこのようなことが書いてある。
表層だけ真似るんじゃなくて。徹底的に深掘りして分解分析してみろ、と。
私の思っていることと、ちょっと似ていると思うのは、私の思い過ごしだろうか。……だろうな。
ここまで来て思い返すに。こんな私の拙ない記事にでも読みに来てくれる有り難い方々がいらっしゃる。
本当に有り難い。有り難いのである。ほんとうに、心の底から感謝を申し上げたい。
あれ?
なんのはなしですか。

そんなこんなを家内に語ろうとして後ろを振り向くと、空のソファーが、静かに笑っていた。
先日から家内は、あるプロジェクトで、都心のホテルに泊まり込んでいる。
シーンとした部屋の空気に、なんだか、心が追いつかない。
昼間のやりとりからすると、家内は、元気なようである。
家内が元気だと、我が家は、明るくて平和である。
だから。
これで、いいのだ。

知らんけど。

