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愛とは何なのかを、最近、自らに問うている。

定年退職して、現役の頃より給料は半額以下になったのに、労働時間とストレスは倍になった。

正直、一分一秒でも早くリタイアしたいのだが、貧乏故にそれがなし得ない。

悶々とする毎日で。実は、帰宅してまで悶々とするのである。

いや、悪いのは私だ。それは、わかっている。わかってはいるが、もう少し家では愛ある扱いを受けたいものだと思うわけである。

さっちゃん(注1)は、一応、言葉では労ってくれる。

帰宅すれば、お帰りと言ってくれるし。身体を酷使しないようにとは、言ってくれる。

だが。

私が、ちょっとしたミスをすると眉間に10本ほどの皺を寄せて言うのである。

「何回言ったら、トイレの電気が消せるようになるの!」



心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、つぶやいた。

コジ、さながら幼稚園児のレベルで叱られているなぁ。


一頻ひとしきりの説教を聞いた後に、私は、ポツンと言うのである。


「仕事も忙しいんだからさぁ、愛のある言葉で、優しく言えないかなぁ?」


すると、さっちゃんは、目をこれ以上釣り上がらないくらい釣り上げて言うのだ。

「愛が欲しければ、電気くらい消せ!」



なんのはなしですか。

いや、悪いのは私なのだ、悪いのは


そんなこんなを改めて家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑って言った。

「コジくん、今日のところは、マッサー(注2)3倍返しで許す」


……。


マッサージをすると、家内は上機嫌になる。

家内が上機嫌だと、我が家は平和である。


だから。


これで、いいのだ。

マッサーは、我が家の万能の免罪符である


(注1)さっちゃんとは、家内のことである。我が家の実質の最高権力者なので、別名、女王陛下という呼び名もある。

(注2)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。


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そこに愛はあるんか?って、話

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