リキ日記_遺言
ハリネズミの飼育者のことを、世間では、「ハリ飼い」というらしい。私は、そのハリ飼いの中でも、素人のままだった。
我が家のハリネズミの名前は、リキといった。
そうなのだ。私は、リキと共に4年も共に暮らしたのに。ハリネズミについて、人に語れるほどのものは、私には何も無い。
リキはハリネズミなので。遺言を残すなどということは、あろうはずも無いのだが。リキから遺してもらったものがあるのである。
リキは、最後には病気で旅立ったのであるが。最後の最後まで生きる気力を失わないハリネズミだった。
後ろ足が動かなくなり。自由になんか動けないのに巣箱と回し車、エサ場、水場、砂場とを行ったり来たりした。
水も飲めない、エサも食べられないのに、目の前まで行き、きちんと向かい合う。何十秒もそういうことを繰り返し。そして、また、巣箱に帰る。
さすがに動く回数は減ったが、旅立つ寸前まで行動した。
あの小さな身体で、私や家族に見せ、遺したものは、一体何だったか。
家内が先日、言っていた。リキが旅立ったとき、私は出張中で。しかも接待だったから、リキの最後を見ることはできなかった。
リキは最後には砂場だったが、息をしているかどうかを確認したとき、観察用のカメラが動いていたという。
外から確認できるのは長男と次女だが。そのどちらかが、リキの様子を確認していたのだろうという。
みんながリキを見守り、心配し。そんな中でリキは旅立ったのだが、それぞれの家族は、リキから何らかの遺言をもらったのだろうと思う。
私は、確実に、リキからもらった遺言がある。
それは、今はnoteには言葉としては書かないが。リキのお陰で気づきをいくつか得た。
これをこれからの人生で活かすも放り出すも、私次第だが。できればリキの遺言を、活かしていきたいものだと思うのである。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
せっかくリキが遺してくれたんだからな。
「リキ日記」というタイトルは続けていくつもりだが。そろそろ、リキとは直接は関係のない、いつもの、何の役にもたたない「独り言日記」を書いていこうかと思うのであるが、私はまだ、リキロスから抜け出していないようだ。


※コリキの顔は一円玉よりも少し小さいくらいの大きさです
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そんな私の後ろから、家内がボソリと言った。
コジくん。そろそろロスは、脱出しようか。私を見習ってさ。
……。
なんのはなしですか。

そんなこんなを家内に語ろうとして後ろを振り向くと、家内が脚を指さして笑って言った。
コジくん、今宵もリキのことを祈りつつ。倍マッサー(注1)しようか。
………。
マッサージをすると、どんなときも家内は上機嫌である。
家内が上機嫌だと、我が家は平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。


