淡々
歳も歳で。無理もきかなくなってきて。それでも、リタイアや人生の残り時間を考えると、焦ってくるのである。
もっと若い頃に、ちゃんとしていれば良かったとか。節約をもう少ししていれば何とかなったんじゃないかとか、色々なことを考える。
だが、ここで、「if」をいくら考えたところで、何の前進も無いのである。
ただひたすらに、前を向くしかない。
そう考えると、昔の人は凄かった。今よりも不便な時代。自分を信じて立ち続け、歩み続けるしかない時代。そんな時代に、私の先祖も、きちんと生きてきたからこそ、私の今がある。
祈るとき、必ずご先祖様にも祈りを捧げる。
今私が生きている奇跡は、ご先祖様が生きて繋いでくれたからに他ならないからである。
それにしても、毎日、なんだかんだと心が揺れる。理不尽を感じ、腹立たしさも覚えたりする。
しかし、そんな時こそ、淡々と諦念をもって愚直に泥臭く前に足を踏み出すしかないのだろう。
心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジは、なんだかんだと考える前に、家でダラダラ、ゴロゴロするのを抑えたほうが良いよ。まずは。
うむ。きっと、そうなんだろうなぁ。
面倒くさい、明日やれば良い。そう、いつも考えているからなぁ。
まあそれが、やめられないんだけれどね。
なんのはなしですか。

そんなこんなを家内と語らおうとしてソファーに目をやると、家内が脚を指さしてニッコリと笑っていた。
「コジくん、マッサー(注1)してくれたら、その後は、ダラダラ、ゴロゴロ許す」
「…」
マッサージをすると、家内は、上機嫌である。
家内が上機嫌だと、我が家は平和である。
だから。
これで、いいのだ。

(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。

