ゴール
この、放課後ライティング倶楽で幽霊部員の私が、ここのところの金曜日、何度となく倶楽部纏わりの記事を書いている。
もうこれで事は終わると思ったのだ。これで、ジ・エンドだと。
だが、この「土曜日の知らんけど」は、続いていたようで……。
悪ガキ幽霊部員のkojuroがクラブハウスの屋上で機嫌よくサボタージュ昼寝をしてるところへ、なんだか妨げるものがある。
雨が降ってきた?
いやいや、ヤスさんから投げられたボールだ。
どっかからボールが投げ込まれて、ポーンと跳ねて、パンパンパンと、そしてコロコロとこっちに転がってきた。
頭んところに転がってきたボールを拾い上げると、なんか書いてある。
出た出た。
で、今回は、何?

心の中の、リトルkojuroが、ボソリと、呟いた。
コジの記事なんて、そもそも、有料にはなり得ないなぁ。
しゃあないなぁ、ちょびっとだけよ。昼寝を切り上げるのは。
重い重い、ブラックホールより重い腰を上げて。ボールを拾い上げ、ブザービートのように、超遠投で、かなり上向きにポーンと放り上げる。
ヤスさんのような著名人で文章力があり、人のためになる、人が求める、読みたい記事が書ける人は有料記事でいいが。私が有料記事を書いたら、誰も買わない。
そしてもしも、書いたものを義理で買ってくれた人がいたとして。その有料記事を読み、なおかつ次の有料記事を読んでくれるような人は、いないだろうと思うのである。
いや。思うと言うよりも、事実だ。
なぜならば、私の記事は「有料」の価値は無いからである。
私は、究極の価値としては、「時間>お金」だと思っている。だから私のような者が書く記事を、貴重な時間を割いて読んでくれる方には、ただただ頭が下がる。感謝しかない。
それだけで、ほんとうに十分すぎるのである。
まして、スキをしてくれたり、究極はコメントを書いてくれたりする方々への感謝は、まじめに、言葉には尽くせない。
そういう方々がいらっしゃるから。そういう方々との交流があるからこそ、まだ、私はnoteの世界にいられるのだ。
それは、間違いない。
だが。
思い返せば、たった一度きりだが。有料記事を書いたことがある。
それは、ある企画に参加する要件として「有料記事」であることと明記されていたからである。
私は、一日一記事のみを原則にしている。一記事分しか、私がやりとりできるキャパが無いからである。
そしてその有料記事を出したとき。
予め、企画に参加するために有料記事を出すこと。その日は普通の「独り言日記」記事も出すので、出来れば有料記事を購入しないでおいてほしいと前々から記事で告知をしておいた。
すると……。
それでも、有料記事を購入し。スキをくれたり、コメントをくれたりした方々が、僅かながらだが、いらっしゃった。これは、私にとってはとてつもない驚きだった。
投稿したのは、ショートショートだ。創作が苦手な私が、創作何作目かで書いたものだ。よく書けているわけもない。
その有料記事を何度も自ら読み直してみて。これは、100円の価値は無い、高すぎると素直に思った。
以来、私は、有料記事を書いたことがない。今後も一切、書くつもりは無い。少なくとも私のnote生活のゴールは、そこではないと思っている。
有料記事というのは、そもそも、そういう「有料」の関係が成り立つ人でしか、成立しないものなのだろう。それには色々な条件があろう。だが私は、それを探ったりはしない。なぜならば、もう有料記事は書かないと決めたからである。
さて。この有料記事についても、ヤスさんの記事が実に分かりやすい答えを書かれていた。いつものように「知らんけど」と、最後に書かれてはいたが。
でも、思い返すに。こんな私の拙作を読みに来てくれる有り難い方々がいらっしゃる。
本当に有り難い。有り難いのである。ほんとうに、心から感謝を申し上げたい。
あれ?
なんのはなしですか。

そんなこんなを家内に語ろうとしてソファーをみると、家内が脚を指さして笑って言った。
コジくん、お金にもならないことをやり続けるのは、無駄じゃなぁい?今夜も倍マッサー(注1)ね!
うっ……。
マッサージをすると、家内は上機嫌である。
家内が上機嫌だと、我が家は、明るくて平和である。
だから。
これで、いいのだ。

知らんけど。
(注1)マッサーとは、マッサージのことである。家内のさっちゃんがそうやって、略して言うのである。さっちゃんへのマッサーは私の最重要の日課である。

