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毎日書けなくても、noteは育てられる。今の私なりの答え

嵐のように過ぎ去った2025-2026。
12月の終わり、我が家は全滅だった。
娘の胃腸炎から始まり、息子、パパ、そして私。

日中は看病、夜は1時間も眠れない頻回授乳。
体調が悪い時の赤ちゃんって、本当に寝ない。
そんな中、私も熱を出して、しんどい年末年始になった。

「とりあえず生きてる」
それが精一杯だった。


希望の光の1/5。
ようやく保育園が始まって、少しは休めるかなと思ったけれど、現実はそう甘くなかった。

ChatGPTとGeminiを執筆パートナーにしようと、
設定をいじって、試して、悩んで。
気づけば、1日が終わっていた。
AIに働いてもらおうと意気込んでいたのに
完全に働かされてしまった🥹

何も生み出せていない気がして、
虚しい気持ちになったり。
まあ、そんなもんだよ!と鼓舞してみたり。


それから、
1/6は食事制限と日用品の買い出し。
1/7は大腸検査。
1/8は動けず、ただ休む日。
1/9は職場の人と会い、
1/10〜12の3連休は家族時間。

こうして振り返ると、
ちゃんと日々は過ぎているし、
ちゃんと生きている。

でも、noteはなかなか更新できなかった。


noteを書こうと思うと、
どうしても「まとまって考える時間」が必要になる。

お家には後追い真っ盛りの息子と3歳のおてんばガール。
娘が保育園かつ息子がお昼寝してくれたタイミングが貴重なnote時間。

わかってる。分かってるんだけども、
夜寝られないことを考えると
お昼寝をして体力を回復させるのが正解な気もする。

「お昼寝を優先して、体力を守るべきか」
「それとも、夢のためにnoteを育てるべきか」

限られた育休中に、どうにか収益化の道筋を作りたい。
理想はあるのに、なかなか身体が追いつかない。
何も進んでいないような気がして、
ふとした瞬間に悲しくなる。

自由な時間が欲しい。
集中できる環境が欲しい。
リフレッシュの時間も欲しい。

それが今の嘘偽りない本音。


最近、ずっと考えている。
そもそも「noteを育てる」って、なんだろう。

毎日更新すること?
完璧なノウハウを書くこと?

きっと今の私にとっての「育てる」は、このありのままの日常を、格好つけずに書き残すことなのかな。

思うようにいかなくて泣きたくなる日も、
AIと格闘して終わる1日も、
家族に元気をもらう瞬間も。

日常の全てが、わたしを形作る大切な要素で、
副業初心者として、助産師として、母として、
迷いながら、立ち止まりながら、
それでもちゃんと考えている今の私を、そのまま書く。

うまくいかない日。
迷っている途中。
答えが出ていない時間。

そこを一緒に言葉にすることにも、
きっと価値がある。


子どもを寝かせて、
自分も横になって、
「今日は無理だな」と思った日。

それでも、
何を書こうか考えていたり、
自分の気持ちを観察していたり、
誰かの文章を読んで心が動いていたり。

それは全部、
noteを育てている時間。

アウトプットできていないだけで、
何もしていないわけじゃない。


育休が終わって、
また忙しい日々が始まっても、
「ここに戻って書けばいい」
そう思える場所を育てていく。

焦らなくていい。
比べなくていい。

私は、私のペースで。

まだ始まったばかり。
答えも、きっとこれから変わっていく。

それでも今は、
この場所で、
この言葉たちを、
大切に育てていこうと思う。


今、同じように立ち止まっている誰かへ。
止まっているように見える時間も、
ちゃんと、次に進むための時間。


今日も生きてる私たち、
それだけで、もう十分がんばってる。


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