私は「他人の欲望」を生きていた。
夫は一昨日から車で、5日間の出張に行った。
大きな車にたくさんの機材を積めこみ、車が大丈夫かしら?と思うほど物が詰まった車で、朝から夫は、燃え上がる情熱を抱いてイベントに行った。
私は夫と全く違う生き方をしてきたなあ、
なんで私たちは一緒にいるんだろう?
そういう夫を見るたび、いまだにそう思う。
私は、自分の身内や親戚はみなサラリーマンで、いわゆる「いい大学に行って、いい会社に入れば幸せになれる」かの如く、個性的な人は1人といない。
身内で交わされる話しも、「◯◯さんの息子は、××銀行に入った」とか「△ちゃんは、医者一家に嫁いで、仕事も手伝っているらしいから、彼女も忙しいでしょうよ」など、外側の条件の話しばかりで、気持ちの共有や共感がほとんどなかった。
身近な人で、「人として魅力がある」という感覚を感じたことはなく、「〇〇会社の役員だから、叔父さんは立派な人」みたいな公式を、無意識に与えられるような環境にいたように思う。
だから、私はずっと情緒的な「欠乏」を感じながら育ち、「人からどう見られるか?」を基準にして生きるような親のやり方をインストールし、でもそこに、身体や心はしっかりと違和感を感じていたから、15歳で病んだと感じる。
私は共感や本質的な対話を求めていた。
でも私が求めていたものと、夫が持っていたものは違っていた。
ではなぜ夫と一緒になったのかと考えると、
「好きなことをいつもやっている」
「情熱的に仕事や遊びをする」
という「今を生きている」感じのする人が、私にはすごく新鮮だったから、と感じる。
私が「死んだように」生きていたのは、「自分を生きていない」「人からどう思われるか」が基準の両親の価値観と過干渉に、私の感性を殺されていたから、と気づけたのは今年に入ってからだ。
かたや一緒になった夫は、趣味も仕事も「好きだから」「楽しいから」が原動力になっているから、何というか「夢中」なのだ。
だから、真逆の価値観や環境で育ってきた夫は、野生動物が本能的に動いているような躍動感、即興的に行動する人で、いつもどんどんいろんなことをするので驚かされた。
比べて私は去勢され、よく飼育されたヒョロ長い白い生き物(夫談)で、いつも周りをよく観察しているから、行動は周りに期待されていることを、計画的にするのが当たり前になっていた。
外から見たら同じように「一生懸命生きている」、ように見えるかもしれないが、自発的に動いているか、他発的に動いているかは、みる人がみれば分かるだろう。
そこから私は今、生まれ直している。
抑圧されていた自分の感性を取り戻し、自分は何が嫌で、何が好きで、どうしたかったのか。
かつて言語化出来なかった悲しみ、怒り、悔しさ、落胆、絶望をしっかり味わい直し、本能的な躍動感、即興的な動きを自分に取り入れはじめた。
すると、いかに「正しさ」「求められているもの」など、自分の思いではなく、他人の欲望に従って生きてきたかに気づき、愕然とした。
私は「私として生きてきた」のではなく、「他人の欲望」に沿うように生きてきたのか、と。
夫は空気を読まないし、私の期待に応えない。
そこに私がイラつくことはしょっちゅうだけれど、羨ましい、とさえ思う。
それは、「好きなこと」にいつも夢中だから。
私は最近嫌いがやっと明確に分かるようになったら、「好き」が浮かび上がってきた。
でも、まだ「好き」の輪郭はぼやけているように感じる。
私も、「私を生きること」に夢中になりたい。
もう「努力」して、「ちゃんとした、世間様に恥ずかしくない」生き方はいらない。
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