『緋文字』――自分の「緋文字」にどう向き合うのか【読書メモ】052
アメリカ文学の名作と呼ばれる『緋文字』。「ひもんじ」と読むそうです。緋は赤という意味なので緋文字は「赤い文字」ということになります。
舞台は17世紀のニューイングランド。当時はピューリタン社会が形成されていました。主人公の若くて美しい女性ヘスター・プリンは仕事で忙しい夫をイギリスへ残し、一足先にこの地で生活を始めます。
その後、ヘスターの夫が水難事故で亡くなったという知らせが届きます...にもかからわず、なんとヘスター・プリンは子どもを産みます。
いったい誰の子どもなのだ?と街は騒然となりました。
ピューリタン社会では不倫は死刑にもなり得るほど厳しく禁じられていました。しかし、子どものいるヘスター・プリンは処刑されることはなく、処刑台に晒されるという罰を受けることになります。
その姿を一目見ようと集まった人々の様子がとても生々しかったです。
私こう思ってるんだけど。私たちは女だけど一人前の年をして教会でも評判のいい信者なんだから、私たちの手でこのヘスター・プリンみたいな悪い女を処分するとしたら、ずいぶん世間のためになるだろうって。どう思うの?あんたがた。こうして集ってる私たち五人の前で、あのあばずれが裁判をうけたら判事さん方のきめたような判決ですむだろうかね?とてもそうは思わないね!
みんなでボロカスに叩く。今のSNSの炎上と同じだなぁと思いました。いつの時代も社会の秩序からはみ出した人間は叩かれるんですよね。
ヘスター・プリンを叩いている人たちは自分は社会のため、正義のため、信仰のため、に正しいことをしていると思っています。でも、暴走する正義は狂気(凶器)にもなり得る。
もちろん社会の秩序は必要ですが、秩序を守ることが人を裁くことに変わってしまったらどうなるのか。
そんなことを考えさせられます。
しかも、ヘスター・プリンの場合はみんなに叩かれて終わりというわけではありません。さらに罰として緋文字の「A」を胸に付けて生活することを命じられます。このAはAdulteress(姦婦)やAdultery(姦通、不義)の意味だと言われています。
ものすごい罰ですよね。罪を犯したことを罰するだけではなく、この人は罪人であると誰が見ても分かるようにしてしまう。ヘスター・プリンはどこへ行っても「A」の文字と一緒に生きていかなければなりません。
しかし、ヘスター・プリンはこれで折れません。周囲は父親を明かせ!!と迫りますが彼女は断固として拒否します。
「(…)名を言ってしまえ!そうして、悔い改めれば、緋の文字はお前の胸から取れるのだぞ」
「いやです!」ヘスター・プリンはウィルソン師を見ずに、若い牧師の奥深い不安な眼に見入りながら答えた。「余り深く焼印が押されています。とても文字はとれません。あの方の苦しみをもいっしょにして堪えたいと願っています」
「言ってしまえ!」別な声が処刑台の周りの群衆から冷く厳しく叫んだ。「言え、そしてお前の子供に父親を与えてやれ!」
「申しません!」ヘスターは死人のように蒼ざめながら、誰のか知りすぎるほど知っているその声に答えた。「そして私の子供は天の父を探すのです。この世の父親は知らせません。」
父親は絶対に明かさないヘスター・プリン。このときの父親の心情はいかほどでしょうか。想像もできません。
父親が誰なのか?というテーマに重きを置くのなら、この小説は恐らく推理小説になったと思います。それはそれでかなり面白いと思うのですが、実は父親は中盤ぐらいには判明してしまいます。
作者のホーソーンが書きたかったことは犯人探しではなかったのでしょう。
では何だったのか。
それは「罪の意識」だと思います。
罪とは何か?また、その罪はどうやって償うことができるのか?罪を抱えた人々はどのように生きるべきなのか?また、罪を抱えた人に対して周囲はどうすべきなのか?
そして一度罪人としての烙印を押された人間は、その烙印とどう向き合うのか。
社会から烙印を押されること、他人を裁くこと、自分の過去と向き合うこと、どれも普遍的なテーマなのだと思います。
実は、ヘスター・プリンの背負ったAの緋文字はその後、徐々に意味が変わっていきます。これが面白いところです。
人間は一度貼られたレッテルだけで人生が決まるわけではない。周囲の見る目も変わってくるし、自分自身がどう生きるかによってもその記号の意味は変わってくる。
そこに人生の奥深さがあるのだと思います。
ヘスター・プリンは緋文字のAを背負いましたが、私たちの人生にも何かしらの「緋文字」があると思います。それは消そうと思っても消せるものではないでしょう。私たちはそれぞれの「緋文字」を抱えながら生きていく。
この小説を読んで、「あなたは自分の緋文字にどう向き合うの?」とヘスター・プリンから問われていると感じました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
