【あの日からの記憶】No.11 noteの街を歩いてみつけた“宝物”
noteの街を歩き始めた私が、揺れるとき。
——数字。
スキやフォローの数である。
noteの街を散歩していると、いろいろな方に出会う。
同じ時期に始めたと思われる方に出会ったとき、別に比べる必要なんかないのに、やはり数字が気になった。
私は1つでもスキをつけてもらえたら、ありがとうございます、とそっと笑顔になれていたが、他の人たちは、スキが2桁、3桁とついている。
そんな数字を見てしまうと、どうしても下を向いてしまう自分がいた。
当初、私はスキをつけるのもフォローをするのも自分なりのルールがあった。“スキ”は“いいね”の代わりなんだと思っていた。つまり、良いなと思わなければ、つけてはいけないような気がしていた。結構まじめに考えて、つけていたように思う。
ところが、noteを散歩していて気づいた。スキにはいろいろなスキがあることを。
「本当に良い!」「読んだよ」「頑張って!」「読みに来たよ」
などのスキ。
そうか、いろんなスキがあっていいんだ。
そう思えたら、スキを押すのもためらわなくなった。もちろん、ちゃんと読んだうえで押していることに変わりはない。
ただ、フォローだけはなかなかできなかった。
フォローを外された時のショックを、noteの街に来たばかりの頃に味わっていたからである。簡単にフォローしてしまって、あとでフォローを外すなんて心苦しい。そう深く考え込んでしまった。ずっと悩んでいた。どういう人ならフォローしてもいいのだろうか、と。
そんな時にnote散歩をしていたら、こんな文章を目にした。
「フォローするのもはずすのも、ご自由にどうぞ」
なるほど。
フォローの基準は今でもよくわからない。そもそも答えがあるのかすらわからない。でも、ひとつだけわかった。
もっと気軽に生きていい——
そう言われている気がした。
そうだよね。
私はこの街に何をしに来たの?
自分らしく生きるために来たんだ。
それならば、その時々の気持ちを大切にしよう。
振り回されなくていい。
そんなnoteの街で——
とにかく嬉しかったのは、コメントである。
初めてもらったコメントは優しかった。
温かかった。
コメントをもらったことで、自分もコメントをしたいと思った。
最初はドキドキした。
うまく想いが届くかな。
そっと想いを置いてきた。
この街のコメントはリアルの友達と会って会話をするように温かかった。優しかった。
心をフワフワの毛布で包み込んでくれるような。
全ての記事にコメントをくれていたわけではないけれど、たくさんコメントをくれた方がいた。私はいつの間にかその人からのコメントを待っていた。文の長短ではなく、いつでもそこには温かさがあって、私はホッとした。
今日もそばにいてくれる。
勝手にそんな想いを抱いていた。
でも、最近、お見かけしない。そういう方が増えてきた。世の中が忙しい時期だから仕方ない。きっと、リアルの世界が忙しいのだと思う。だけれど、やっぱりそれはとても寂しい。心にぽっかり穴が空いたような気がしてならない。正直、不安に襲われた。
でも、私は待っている。
この街を共に歩くと約束したから。
自分たちのペースで。
だから、忙しくて来れなくても、間が空いたとしても、戻ってきてほしい。声をかけて欲しい。
また話せる日を待っている。
そう。
気づいたら、私は2つの世界で生きていた。
そして、リアルとnoteの街それぞれに大切な仲間ができた。話す内容も付き合い方も違うけれど、どちらも大切。
noteの街の“通知”。
私にとっては本当に嬉しい。
今日も来たよ
今日も元気だよ
今日も味方だよ
そんな想いが詰まっていると信じているから。
だから、
今日もみなさんからの想い、待っています。
私はnoteの街で、
——もうひとつの“宝物”を抱きしめる。
最後までお読みいただきありがとうございました。
また読みに来てくれたり、スキやフォロー、コメントをしてくださると励みになります。
noteの街を歩いたら、あなたにも温かな光がそっと差し込みますように。
※こちらの記事はシリーズものとなっております。よろしければ、こちらもご覧ください。
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