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変人式と変身磁器を書いて記録

最近、二つのショートショートを書きました。

ひとつは「変人式」
もうひとつは「変身磁器」

どちらも、最初はいただいたお題の
言葉遊びとして
書き始めた物語でした。

けれど書き終えたあと、
思っていた以上に、自分の内側を映していたことに気づきました。


変人式というテーマを真剣に考えて、
得たもの

こちらが、最初に書いたショートショート
です。


変人式

「狂気とは、徹底された理性の結末である」

変人式の参加条件は、厳格である。
他薦であること。
筋金入りであること。
常識の範囲内であること。

1月12日、祝日。
全世界から選りすぐりの変人たちが、この国の「変人式」に集まった。
三十年間、庭の落ち葉すべてにアイロンをかけ続ける男。
毎朝、自分がどれだけ普通だったかを、ノートに三行ずつ記録し続けている女。
正気を保ったまま狂い切った者たちである。

ただし――
この国の二十歳の参加者は、一人もいなかった。

この式典は、新成人が
「異常な執念を、常識の枠内で制御できるか」

測定するためのものであった。
暴れる者は常識を欠き、
おとなしい者は個性を欠いていた。

終盤、変人たちによる投票で「最も変人」が選ばれた。
受賞者は、この変人式を企画・主催した人物だった。
自らを推薦せず、候補からも外し、
制度だけを完璧に設計していた点が高く評価された。

こうして、参加者全員が条件を満たしていたことが証明された。
この変人式は、人類がまた油断した頃、再び開催される。


この物語を書いているとき、
私はずっと「構造」のことばかり考えていました。

条件は破綻していないか。
論理は矛盾していないか。
設定は、美しく閉じているか。

言葉を、感情よりも先に、
仕組みとして組み上げていくこと。

それが、ただ純粋に楽しかった。

その結果、生まれたのが
「制度を完璧に作り上げた主催者が、最も変人だった」
という結末でした。


この物語には、
私の中に続編があります。


続・変人式


変人式で、最も変人に選ばれたのは主催者だった。

金メダルは、他者の手によって、
静かに首にかけられた。

その瞬間、本人は少し戸惑い、
そして少し遅れて理解した。
ああ、自分が、筋金入りだったのだ、と。

彼がしていたのは、
ただ制度を組み上げることだった。
逸脱のない条件。
破綻のない規則。
誰かを排除するためでも、
自分を目立たせるためでもない。
与えられた役目を、最後までやり切ろうとしていただけだった。

変人式の参加者たちに、異論はなく
式典は穏やかに幕を閉じた。

ところが後日、
式は切り取られ
正しさや狂気をめぐる議論が起きた。
責任という言葉が持ち出され、
メディアは、最も変人とされた人物にマイクを向けた。

「正直、楽しかった。
使命を全うすることに、
子供のように夢中になりすぎた。」

その言葉に、
「いい大人が、未成熟だ」
という評価が重ねられた。

報道の最後は、
こんな一文で締めくくられていた。
「祝われるべき日に新成人の出席者がいなかったことは、
救いであった。」

変人と呼ばれた彼らは、
誰かを困らせたかったわけでも、
何かを壊したかったわけでもない。
ただ真面目に、
自分の異常な執着を、
理性の届く範囲で、やり切っただけだった。

変人式とは、
そういう式である。


続編を書きながら、
視点が変わりました。

この物語の主催者は、
たぶん、私自身なのだと。


納得がいくまで並べ替えたり、
似たような言葉を何度も入れ替えたり、
設計図がカチッとハマるように
しっくりくるまで終われない。
そして、それが楽しい。
きっと同じ気質なのだと思いました。

物語の中で「変人」と呼ばれた人たちは、
誰かを困らせたかったわけでも、
何かを壊したかったわけでもありません。

ただ真面目に、
自分の異常な執着を、
理性の届く範囲でやり切っただけ。

だけど外の世界では、
その行為が「問題」として
語られていく。

その光景に、
私はどこか
見覚えのある静けさを感じました。


変身磁器を書いて、分かったこと

次に取り組んだのが、
「変身磁器」という物語でした。
こちらも投稿はしていません。


変身磁器

物語は

昔、物書きになりたい者がいた。
来る日も来る日も書き続けた。
だが、その熱も言葉も伝わることはなく、
時だけが、静かに過ぎ去っていった。

ついに金は底をつき、
彼は祖父の伝統芸を継ぐ修行に入った。

石を砕き、粉を集め、
高温で焼き固める。
器を作り、修行を重ね、
やがて立派な職人となった。

職人の作る磁器は、
美しく、垢の入る隙間もなく、
丈夫で、
入れたものの熱を失わせない。
その評判は、次第に広がっていった。

そしてついに、
代々受け継がれる、
職人を継承する証を手にする。

——古文書だった。

巻物を開くと、
そこには、
変身の時期を示す項目と、
磁器の名が並んでいた。

「変身時——器」

ハッとした。

職人は、
かつて自分が書いた文章を、
細かく砕き、集め直し、
高温で焼き固めた。

紙は、星屑のように昇天していった。

その、熱を帯びた手で、
もう一度、書いてみた。


時の流れと適温に揺らぐ文字は、
美しい文脈となる。

器に残ったぬくもりで、
吐く息も、白かった。


文字を磨き、削り、選別し、
美しく、丈夫な器のように
言葉を整えていく職人の話。

けれどその磁器は、
「温度を通す」ことで、
はじめて役目を果たします。

どれほど頑丈に形成しても、
温度を残せなければ、
意味まできちんと届かない。

そのことに、
物語を書きながら気づかされました。


そして、試しにもうひとつ 変身磁器 の物語を書きそちらを投稿しました。
今度は、執着は出来るだけ置いて、
温かみを意識した夫婦の物語。
(こちらは今回省きます)


2つの書き方を離れた視点で見て、


私に欠けていたもの

私は、言葉を

形や音、意味のつながりとして、
パズルのように組み上げることが好きです。

けれどそこには、
他者の感情が入り込む余白が
ほとんどありませんでした。

言葉を頑丈に整えることは、
意味や形を考えることを楽しむ
「自分のため」の時間。

けれど誰かに差し出すなら、
受け取りやすく、
大切に扱われる温度が必要だった。


文章にも、
「置く」のか「届ける」のかで、
似合う場所と、そうでない場所があるのだと思います。

使命を全うすることに夢中になるあまり、
いつのまにかTPOを置き去りにしてしまう。
現実の世界では、そんな自覚がありました。

そしてそれは、
文字の世界でも同じなのだと、今になって感じています。

当たり前のことかもしれません。
それでもここが、
今の私の現在地です。

あとで伸びしろを振り返れるように、
記録として残しておこうと思います。


初めてのSNSがnoteでした。

文字の世界に迷い込み、
ますます面白くなってしまったけれど、
現実世界と同じように、
私はたぶん一人が向いている。

みんなとも遊びたいけれど、
どうしても
文字の形や音や意味が気になってしまう。

伝わる人にだけでいいから、
どうしても、入れたくなってしまう。


私は「置きたい派」なのだと気づいた。

けれど、
よく分からないものを置いたまま、
――分かる人だけ持ち帰ってください、
という態度は、
少し無責任なのではないかと
一人で考え込んだ。

そして、思った。

変人であることは、
たぶん変わらない。

ただ、その執着と
その言葉が置かれる場所に、

誰かが傷つかないための余白と、
静かな温度を、
通せる人間でありたいと。


この2つのショートショートのお題に、
感謝いたします。

真面目か、遊びだよ!という自分も肩を
ポンポンしてますが全部含めて良かった。
楽しかった。という正直な感想です。
この企画に参加させていただいたことを通して、スキや、フォローしてくださった方。
どんなカタチでも本当にありがとうございます。

記録をここまで読んでくださった方、いたらありがとうございます。     

(しばらく、下書きに保存中の投稿文により、このようなクセのある文章の投稿があるかもしれません。ですが特別な意図は無いことを記しておきます。)

               マウスのエミ

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