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オヤジの思ひ出話~第88話「50歳の誕生日」

生まれ持った宿命なんですが、私にとって「自分だけの年初め」はいうも正月明けの1月10日です。この日が誕生日。2026年も64回目の誕生日を無事迎えることができました(笑)

振り返ること14年前の1月10日。50歳の誕生日を迎えた私は、とてもすがすがしい気持ちになっていました。なぜなら、忌まわしき49歳の1年間がようやく終わってくれたからです。

49歳で過ごした2011年は、誰もがよくご存じの東日本大震災が発生した年でした。そのことだけでも気持ちが沈んでしまいがちなわけですが、私にはほかにも様々な災難が降りかかってきたのです。

この年は統一地方選挙が執行され、新聞社という職業柄、年明けからかなりバタバタと慌ただしく、しかも面倒で鬱陶しい仕事が次々と舞い込み、滅入ることもしばしばあったほど。

そこに東日本大震災があり、さらには大相撲が八百長問題で大きく揺れ、道楽であるひとり旅も大相撲観戦も先行き不透明な状態・・・仕事の辛さなど心労が重なって、ついに胃をぶっ壊してしまいました。

5月以降は比較的静かな日々をおくっていたのですが、10月に社長が死去するという会社の大変革期に遭遇。新社長のもと、この先会社がどうなっていくのか、期待と不安が交錯する思いにかられます。

そして11月。ようやく本格的なひとり旅を計画し、間近に迫ったある日、車を運転中、工事停車中のところに追突されるという交通事故に遭い、軽いむち打ちになってしまいました。

相手が100%悪い完全なるもらい事故ですが、よりによってタイミングが悪すぎ・・・結局、ひとり旅はキャンセルとなり、その後も相手方の保険会社との面倒な交渉にうんざりさせられるのですよ。

そんなわけで、散々だった49歳を「私にとっての大厄」と位置づけました。世間様は42歳が厄年なのでしょうが、64年の生涯を振り返っても、あの年ほどいろいろ重なった年はありません。


明けて2012年の元日。私は「あと10日で厄年から解放される」という思いに浸りました。50歳という大台に乗ってしまうことよりも、49歳が過ぎ去ることの方が嬉しかったのです。

誕生日直前には、毎年恒例の年末調整で生まれて初めて「税金の不足分を支払う」という悪夢のような経験をし、思わず「49歳の厄年ジメということか」と苦笑いしたほど。

だからこそ、50歳になった時のすがすがしさはひとしおでした。当時の日記に「ここからは新たな始まり。前向き、楽天的、無責任男でいくかな」と勢いよく書き綴ったのでした(笑)


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マイケルオズ@日々挑戦する還暦兄さん(フリーランスライター) noteでは連載コラム、エッセイをほぼ毎日書いています。フリーランスのライターとして活動中ですが、お仕事が・・・ご支援よろしくお願いいたします!