オヤジの思ひ出話~第90話「長野オリンピック」
ミラノオリンピックが間もなく閉幕しますが、今大会は日本選手の活躍が目立ちました。多くのメダルを獲得し、勇気と感動を届けてくれました。選手の皆さん、お疲れさまでした。
さて、私にとって冬のオリンピックといえば、何といっても1998年の長野五輪が最も強く印象に残っています。つい先日のような気がしていましたが、あれから28年も経っていましたね(苦笑)
スキージャンプ団体の日本選手団とラージヒルの船木選手をはじめ、スピードスケート500メートルの清水選手、モーグルの里谷選手、ショートトラックの西谷選手が獲得した金メダル。
あの時の感動と興奮は今も蘇ってきます。そんなメダリストを見て育った子供たちの中から、スピードスケートの小平奈緒さんやノルディック複合の渡部暁斗選手らがレジェンドを引き継いでくれました。
一方で、28年前というと、ミラノ五輪に出場した選手のほとんどは生まれていないことになります。何しろ、長野五輪以降、6回の五輪をすでに経ているわけですからねえ。
さて、私個人としても長野五輪には思い出があります。
生涯唯一、オリンピックを生で観戦できたのが長野五輪でした。積極的に見に行くつもりはなかったのですが、父親がアイスホッケーの試合のチケットを取ってくれたので、二人で見に行こうということになったのです。
アイスホッケーはビックハット(長野市若里多目的スポーツアリーナ)で行われました。どんな試合だったかは忘れましたが、応援グッズを買って声援したことは覚えています。
そして、オリンピックならではの独特の雰囲気も忘れることはできません。インバウンドという言葉すら知らなかったあの頃。長野市にこんなにたくさんの外国の方が来られたのか、と驚くほどでした。
オープンカフェのようなところで食事をしたのですが、その時近くに座っていたカナダ人グループに親父が声をかけ、語らい合ったことが思い出として心に刻み込まれています。
お互いカタコトでしか日本語も英語も分からない・・・でも、オリンピックを楽しむという共通の目的があるので、和気あいあいとした雰囲気で束の間の時間を過ごさせていただきました。
ちなみに、長野五輪より前に日本で開催された冬のオリンピックは、1972年の札幌大会。ジャンプ70メートル級で笠谷選手の金メダルはじめ、日本が表彰台を独占したシーンでおなじみです。
札幌大会の時は小学生だったので、断片的ながらオリンピックの記憶は残っています。あれから54年・・・ずいぶん年を取るわけだよなあ
★マイケルオズの著書PR 私の会社員人生晩年を振り返りながら、「第二の人生」の生き方について教訓を導いた著書です!
いいなと思ったら応援しよう!
noteでは連載コラム、エッセイをほぼ毎日書いています。フリーランスのライターとして活動中ですが、お仕事が・・・ご支援よろしくお願いいたします!