オヤジの思ひ出話~第74話「オウム真理教の事件」
1995年3月20日、地下鉄サリン事件が発生しました。その2日後、オウム真理教に強制捜査が入り、教祖の麻原彰晃が逮捕されるまでの2カ月間、日本列島はオウム一色となってしまいました。
事件から今年で30年目となり、マスコミが大きく取り上げたのですが、とくにNHKは地下鉄サリン事件だけに触れるのではなく、オウム真理教や麻原という人物をクローズアップした特集番組を放送しました。
私も、当時の日記を改めて読み返してみましたが、ふだんは自分のことばかり書いている日記に、オウム真理教についての記述が多くを占めていたのです。めったに世間様のことは書かないのに・・・
オウム真理教に思うところがあった最大の理由は、麻原によって犯罪者にさせられた幹部信者たちのほとんどが、私と同世代だったからです。一つ間違えば自分も、オウムに引きずり込まれていたかもしれません。
以下、当時の日記から振り返ってみます。
サリン事件当日は、会社の飲み会についての記述が大部分で、最後に「東京ではサリン事件が発生。世も末だ」と触れているだけ。この時は、まだオウム真理教との関連が報道されていなかったためです。
強制捜査に入った日からは、数日オウムのことだけ書いています。当時は書店にもオウム関係の書籍が並んでいましたので、どんな団体なのか興味津々で立ち読みさせてもらったようです。
それからしばらくは、オウム関係の記述はほとんど無くなり、今まで通りプライベートなことや会社・仕事の記述に戻っています。ただ、テレビでは連日昼夜を問わず、オウムの特番が組まれていた頃でもありました。
そして5月16日の麻原逮捕。その前日に、当時オウムで最も警戒されていた幹部が逮捕され、翌日強制捜査が行われました。麻原は一人でコソコソと隠れていたところを見つかったわけですね。
日記を読むと、オウムが集団自決をするのではないか、あるいは再度テロ行為に及ぶのではないかと心配していたようです。結果として、麻原が小心者に過ぎなかったので、そうした懸念は杞憂に終わりました。
麻原逮捕の日には、1ページ割いて感想を綴っています。そこにはカルト宗教の歴史的意義、オウム裁判の行方、麻原や幹部がどこまで供述するか、そしてオウムや麻原にはバックがいたのか、を書きました。
一つずつ内容には触れませんが、深い洞察を持ってオウム真理教について考えていたんだなというのが、よく分かりました。当時30代前半の私に、良くも悪くも影響を与えたということなのですね(苦笑)
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