2024年11月

この時期は例年だいたい紅葉狩り。


2026/11/09 栃木県 日光市~塩谷町

江久保、広久保、大谷向、道谷原、西古屋、新谷、羽谷久保、新谷、嵩地谷、ナカイ、山窪→山久保、新谷、滝ヶ谷沢、水草沢、鍛冶屋、長久保、木戸沢、鍛冶谷、白沢、柿沢、松久保

GWに北栃木調査を行った際時間切れで調べきれなかった日光付近の調査を日帰り強行軍で。
江久保はまあまあ開析谷で谷戸型か。
広久保は山間部としてはだいぶ広めの谷底を持つ開析谷。広の名を付けるだけのことはある。
大谷向自体は非谷戸地名だがすぐそばに広い谷地型の水田が広がっていた。『向』だけのことはある。
道谷原は地名通り非谷戸だが周囲に畑地と水田が広がっているので谷原としては正しいか。
西古屋は谷戸確認地名として見に来たがまあ開析谷の深さなので谷戸型でいいだろう。
新谷は半分枯れた原っぱ。元谷地型か。なお地元の方に伺ったところ読みは「にゅうや」だそうで。「にいや」だと思い込んでいた。反省。
羽谷久保は谷+久保の合成地名。美しい谷戸型。
もう一つの新谷は奇麗な開析谷。地元の方に確認したところこちらは「にいや」。
嵩地谷。谷地地名だが明らかに谷戸型。
ナカイは谷戸地名としては残っていなかったが美しい谷戸型だったので地元の方に話を伺う。このあたりの石を切り出して日光東照宮の石材にしたのだとか 。
山久保。文字の通り山頂付近にある地名。地名のあたりだけ窪んで整地されていた。元窪地だろうか。
新谷。谷戸型でいいだろうか。地元の方がいなかったので読みはわからず。新谷地名がやたら多いが、それだけ新しい耕作適地が重要だったという事だろうか。
滝ヶ谷沢も合成地名。おそらく元々滝ヶ谷があり、そこから流れた沢筋が地名の由来かと。周囲は谷戸型に見える。
水草沢はささやかな名前の割にだいぶ立派な谷戸型。この谷戸型地形の全てがサワなのかは不明だが。
鍛冶屋は谷戸確認地名として来訪。見たところ平坦地。谷地型か非谷戸のいずれか。
長久保は現地で見つけた地名。谷戸型には見えなかった。大きな窪地があったものだろうか。
木戸沢は開析谷。谷戸型に見える。
鍛冶谷はちゃんと谷戸地名。流れる水音から豊富な湧水があるのがわかる。
柿沢は低地放棄地。開析谷だが棚田跡は確認できず。
松ケ久保 は耕地が広がっており、谷地型だろうか。
走行距離:100km

2026/11/03 東京都 世田谷区 

粕谷

昭和記念公園にコスモスを見に行った帰りに立ち寄った。
ほとんど埋め立てられているが住宅街と住宅街の間の細道が地形拘束を受けており元用水路っぽい。
走行距離:40km

2024/11/01 千葉県 千葉市

谷津田、大草谷津、鴻巣谷津、加入谷(かにゅうやつ)、北谷津、金光院谷津、谷当(ヤト)、堂谷津、旦谷(ダンヤ)、根古谷(ネコヤツ)、井戸谷津、宮田谷津

谷津田は公園内の貝塚の復元集落の当たり。ほぼ原形が失われてしまっているが地形から斜面または開析谷ではあったのだろう。
鴻巣谷津は大草谷津田の一角。 整備型だがその中では割と放置気味。
加入谷も大草谷津田の一角。整備型かつ農地型。
北谷津は再訪。放棄型で谷戸型。
金光院谷津。同名のお寺の近くの谷津なので寺谷戸の一種だろう。中谷と当たりはだいぶ放棄型だったがそれ以外は農地型。谷戸型。
谷当はヤトの変化のひとつかと思われる。上谷戸のみ放棄型。それより下流は宅地型。谷戸型。
堂谷津は農地型の谷戸型。探すのに苦労したがその甲斐があったと感じるだけの美しさ。
旦谷は「ダンヤ」読み。現地で確認。ほと宅地と竹藪に覆われていたが小さな谷戸型でいいだろう。
根古谷 。根古谷城址のふもとの谷戸のいくつか 。どうももともと山城があってそこにネゴヤが発生、それが地名となってその地名を元に根古谷城が生まれたっぽい。この本末転倒感はだいぶ面白い。
井戸谷津はわかりやすく美しい農地型の谷戸型。
宮田谷津は同定に苦労したが放棄型でほぼ藪の中。草が生い茂り過ぎて確認できないが谷戸型でいいだろうか。
走行距離:71km

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