頻出谷戸地名その⑧~大谷・小谷~


谷戸地名の代表例

さて谷戸とは何か、と問われて即答できる現代人は少ないと思いますが、谷戸地名自体を見かけた、という方はそこそこいると思います。
渋谷などは全国区でメジャーですし都内に在住の方なら日比谷・世田谷・雑司ヶ谷・四谷・千駄ヶ谷など多くの谷戸地名を聞いたことがあるでしょう。
それら谷戸地名の中で各地に多く残っている地名があります。
『大谷』あるいは『大谷戸』という地名です。
オオタニ、ではありません。東日本では主にオオヤ、オオヤトと読みます。
これは本当に多いです。
各地にまんべんなくあります。
まさに頻出谷戸地名の題材にふさわしい地名と言えるでしょう。
そんなわけで今日は大谷と、その対義である小谷についてちょっと考えてみたいと思います。

大谷と小谷、その関連性

さて私がこれまで回って来た大谷や小谷と付いている地名についてまとめるとこんな感じになります。

大谷:大谷・大谷戸・大谷津・別所大谷・北大谷戸・南大谷戸・西大谷・前大谷・後大谷・久留里大谷・上大谷・小糸大谷・大谷沢・大谷地・大谷原・大谷田・大谷口・大谷流など141か所
小谷:小谷津・小谷・小谷田・小谷金・小谷野・小谷島・小谷流・小谷場など33か所

…数にかなりの差がありますね。
大谷の方が圧倒的に多いです。
これまで述べてきた『上谷・中谷・下谷』や『前谷・後谷』などは若干の差こそあるもののだいたいの数は同じでした。
それは例外こそあるものの基本的にセットで運用されることが多かったからです。
一方で大谷と小谷の数の差はそうではありません。
実際大谷と小谷でセットで配置されることも多いのですがそれでも圧倒的に大谷が単独で存在する事の方が多いのです。

1.大谷・小谷は大谷の方がはるかに多く、セットではなく大谷が単独で存在する事が多い。

と言えるでしょう。

大きな開析谷、小さな開析谷

ではなぜ大谷の方が多いのでしょう。
これも少し考えればすぐに見当がつくはずです。
谷戸には連鎖性があり、1つの谷戸には養える人口に限りがあるから連鎖的に周囲の開析谷を開拓し谷戸にしてゆく、という話を以前にしました。

古代人が開拓地候補を探す際、大きな開析谷はそれだけ魅力的に映ると思います。
開析谷には境界性があり居住できる住人に限りがあるのが問題なわけで、サイズの大きさはそれだけ有力な開拓条件となるでしょう。
そこを開拓して『大谷』と付けてもおかしくはありません。
一方で小さな開析谷を見つけたらどうでしょう。
「こんな小さいなら隣の谷を調べてみようか」
ということにならないでしょうか。
そもそも以前の谷戸で養える人口に限りがあるから新たな開拓候補地を探しているのに、小さな開析谷をわざわざ開析はしたくないですよね。
「大きな開析谷は開拓されやすいが、小さな開析谷はそもそも開拓対象となりづらい」のです。
無論立地条件的に小さくても開拓せざるを得ないことはあるでしょうし、だから小谷という地名も残っているのでしょうが、ともかくそんな理由で小谷の数が少ないのでは、と考えています。

2.大きな開析谷は新たな開拓候補となりやすいが小さな開析谷はそもそも開拓候補となりづらいため、小谷の方が数が少ない。

のではないかと考えられます。

大谷・小谷の意味

さてでは大谷と小谷とはそもそもどういう意味なのでしょう。
個別の例を見ながら考えてみたいと思います。

1.サイズによる命名

わかりやすい例として「小さいから小谷」「大きいから大谷」というのが明確な答えのひとつです。

関東小字地図
小さな小谷
関東小字地図
大きな大谷

見たまんまですね。
まさに文字通り、という命名でこれは特に問題ないと思います。

3.大谷・小谷とは開析谷の規模により大きなものが大谷、小さなものが小谷と命名される事が多い。

と言えます。

2.他の谷戸地名との複合

上述した私が回った大谷の地名をよく見てください。
「北大谷戸・南大谷戸・西大谷・前大谷・後大谷・上大谷」のような地名がありますよね。
これは『大』の文字を外して「北谷・南谷戸・西谷・前谷・後谷・上谷」と読み替えても問題なく通じるように見えます。
これまで出てきた頻出谷戸地名そのものですよね。

関東小字地図
西大谷
関東小字地図
北大谷
大谷地名も確認できる

このように大谷地名には「他の頻出谷戸地名に『大』の文字をつけたもの」というパターンが結構多いのです。
つまり「大きな北谷だから北大谷にしよう」「大きな南谷戸だから南大谷戸にしよう」のように命名していると考えられます。
ただこれは大谷・小谷のうち大谷にのみよく見られる命名であり、小谷の方で「北小谷」とか「南小谷戸」のような地名はまず見かけることはありません。

4.大谷は他の頻出谷戸地名に『大』を付与し●●大谷という谷戸地名になるパターンも多い。
5.小谷の場合大谷と異なり他の頻出谷戸地名に『小』を付与した地名はほぼ見られない。

と言えるでしょう。

大きな小谷・小さな大谷

問題はここからです。
各地の大谷・小谷を見ていると、どうにも上記の説だけでは説明が付かない大谷・小谷が各地にあることに気づきました。
「小谷なのに大きい」「大谷なのに小さい」というケースがしばしば存在するのです。

関東小字地図
小谷なのに大きくない?
関東小字地図
別所大谷
大谷なのに小さすぎない?

それでも単独で存在しているならまだ強引に説明が付けられるかもしれません。
問題は「大谷と小谷がセットになっているのに大きさにほとんど差がない」ことや「大谷と小谷がセットになっているのにむしろ小谷の方が大きい」のようなケースがしばしば見られる事です。

関東小字地図
大谷と小谷がセット
サイズ的な差はほぼないように見える
関東小字地図
大谷と小谷
少し離れているがむしろ小谷の方が大きくない…?

これはいったいどういう事なのでしょう。

『大』と『小』の意味

日本語に於いて『大』『小』は必ずしもサイズの大小を表すものではありません。
例えば大人物なのに小柄、ということはあり得ますし、逆に小悪党だが巨漢、ということもあるでしょう。
大事の前の小事、ということわざも事の重大さを大小で表現しているだけで物理的なサイズではありません。
日本語には重要なもの、あるいは本流に近いものを『大』、そうでないものを『小』と表現する文化があるのです。
こちらをご覧ください。

関東小字地図
大谷と小谷

大谷と小谷がセットになっているように見えますが、サイズ的にはむしろ小谷の方が大きく見えます。
ここで重要なのがこちら↓

『谷』地名がありますね。
以前に述べた無冠谷戸です。

・無冠谷戸の南側に他の谷戸地名が見られないこと
・色別標高図から左右に伸びる丘陵地帯であること
・密集している谷戸地名の南端にあること
以上のことと無冠谷戸の法則から考えてこの『谷』がこのあたりで最初に開拓された谷戸である可能性が高い、と推測されます。
とするとこの後どのように開拓されていったのでしょうか。

関東小字地図
推測される開拓順序

地名の並びから考えて『谷』の次に『大谷』が開拓され、次に『小谷』、その後その北に開拓の手が伸びていったのではないかと考えられます。
黒いラインは谷頭部の先の山林であり、いったん断絶しているためそちら方面には最初開拓の手が伸びなかったと考えられます。
なぜ『大谷』の方が先なのか、それは航空写真で見るとよくわかります。

同航空写真
赤線が谷
黒線が大谷
黄線が小谷

高速道路が走っているためわかりづらいですが、『谷』と『大谷』が同じ開析谷の内部で地続きであることがわかります。
一方で小谷は谷壁部を越えた、つまり隣の開析谷となっています。
先程述べた通り大と小には重要度の他に本流とそれ以外、というニュアンスがあります。大局や小局、という言い回しもありますよね(小局はあまり使われないですが)。
このあたりを谷戸に当て嵌めると最初の開拓地である『谷』からそのまま伸びた、本流(開拓元の谷戸)に近い谷が『大谷』と名付けられ、その隣にある本流(開拓元の谷戸)から離れた谷が『小谷』と名付けられたのではないでしょうか。
要は単純なサイズによる命名ではないわけですね。

6.大谷・小谷は重要度の高い場所ほど『大』が付き、重要度が下がる場所を『小』と付けるケースがある。

と言えるのではないでしょうか。

終わりに

まとめてみました。

1.大谷・小谷は大谷の方がはるかに多く、セットではなく単独で存在する事が多い。
2.大きな開析谷は新たな開拓候補となりやすいが小さな開析谷はそもそも開拓候補となりづらいため、小谷の方が数が少ない。
3.大谷・小谷とは開析谷の規模により大きなものが大谷、小さなものが小谷と命名される事が多い。
4.大谷は他の頻出谷戸地名に『大』を付与し●●大谷という谷戸地名になるパターンも多い。
5.小谷の場合大谷と異なり他の頻出谷戸地名に『小』を付与した地名はほぼ見られない。
6.大谷・小谷は重要度の高い場所ほど『大』が付き、重要度が下がる場所を『小』と付けるケースがある。

他にも命名理由はあるのかもしれませんが、とりあえず推測できる範囲はこんなところです。
単純なサイズの大小だけではない、というのがわかっただけでも一つの収穫かと思います。
今回の例示以外でも各地の大谷と小谷で「何にとって重要で『大』なのか」「何から外れているから『小』なのか」などを考えてみるのも面白いかもしれませんね。

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