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秋のお彼岸は、“差を取る”時間。空海の“わけない心”に触れて

こんにちは。ピアノ講師・メンタルコーチの One Heart です。


夕方になると、空が少しずつ赤くなって、虫の声があたりに広がる季節になりましたね🍂


秋分の日をはさんで前後7日間を「お彼岸」と呼びます。


昼と夜の長さがほとんど同じになるこの時期は、自然と「調和」や「つながり」に気づきやすいときでもあります。


わたしの両親が眠っているお墓は、実家のある名古屋にあります。
この秋は日帰りで帰省するのですが、実家のことで不動産会社の方とお会いする予定があり、時間はいっぱい。


お墓は市内のはずれにあるので、今回は足を運ぶのがむずかしそうです。


でも・・・お墓に行けなくても、心の中で手を合わせることはできます。
かたちはちがっても、想いはきっと届く・・・。
そんなふうに感じています。


今日は、「密なる自己対話」からお彼岸バージョンでお届けします。


✧✧✧


お彼岸って、どんな時間?

「お彼岸」という言葉はよく聞くけれど、あらためて考えるとどんな意味があるんだろう・・・そう思うことはありませんか。


お彼岸は、春分・秋分の日をはさんで前後7日間を指します。
太陽が真東からのぼって真西にしずむ日で、昼と夜の長さがほぼ同じになるのが春分と秋分です。


昔の人は、この自然のめぐりに大きな意味を見ていました。
昼と夜、光と影。


ふだんはどちらかに傾きがちなものが、この時期はバランスを取り戻します。


だからこそ、「彼岸(悟りの世界)」と「此岸(わたしたちが生きる迷いの世界)」が通じやすい特別なときと考えられてきました。


お墓まいりをしたり、仏壇に手を合わせたりする習慣も、この「つながり」を大切にする気持ちから生まれたものです。


目には見えなくても、いのちの流れを感じ、心を静かにととのえる時間。
それがお彼岸なのだと思います。


でも、本当に彼岸と此岸は別々にわかれているのでしょうか。


✧✧✧


彼岸と此岸〜ほんとうは、わかれていない?

仏教では、わたしたちが生きている日常の世界を「此岸(しがん)」、
悟りや安らぎの世界を「彼岸(ひがん)」と呼びます。


お彼岸という行事は、本来この二つの岸を“行き来する”ことをイメージしたものです。


でも、わたしたちは「こちら」と「あちら」を、つい分けて考えてしまいます。


迷いはここにあって、悟りは遠くのどこかにあるような気がしてしまうのです。


けれど空海さんは、そうは考えませんでした。
悟りは特別な場所にあるのではなく、すでにこの身の中にある・・・。
迷いと悟りを切り離さず、「いまここ」に両方を含んでいるのだと説いたのです。


もしそうだとしたら・・・わたしたちが“わけて”見ているものは、ほんとうはどこまでが別物なんだと思いますか?


「これはこっち、あれはあっち」と境目をつけているのは、もしかしたら自分の心のクセなのかもしれません。


では、あなたが“わけてしまいがち”なものは何でしょう?
仕事と家庭、 自分と相手、好きと嫌い…
その境目は、ほんとうにくっきり分かれているものなのでしょうか。


✧✧✧


空海が伝えた、“すでにここにある”という視点

空海は「即身成仏(そくしんじょうぶつ)」という考えを伝えました。
それは「人は、この身このままで仏とつながっている」ということ。


多くの人が「悟りは遠い場所にある」と思いがちです。
長い修行を積んで、いまの自分を超えていかなければ届かないように感じるかもしれません。


でも空海は、そうではないと説きました。
迷いのあるわたしも、静けさを求めるわたしも・・・切り離された存在ではなく、ひとつの命の流れの中にある。


“迷いと悟り”は別々ではなく、もともと同じ世界に含まれているのです。


たとえば、コインの表と裏が一枚の中にあるように。
真っ白な用紙の両面が、ひとつの紙に重なっているように。
そして、暗闇は光があるからこそ「暗い」と感じられるように。


どちらか一方だけでは成り立たず、どちらも同時に存在している。
そのままを丸ごと抱えたときに、「わたしはすでにここにある」と感じられるのかもしれません。


これが、空海が伝えた「即身成仏」の視点です。
分けて見ていたものを、もともとひとつだったと気づくこと。
この感覚は、“差取り”ともどこか響き合っているように思います。



わけていたものを、ひとつに見る。それが“差取り”

わたしたちはふだん、気づかないうちに「わけるクセ」をもっています。


仕事と家庭、自分と相手、好きと嫌い、成功と失敗…。
白か黒かと分けることで安心できる面もありますが、その境目にとらわれすぎると、かえって苦しくなってしまうことがあります。


空海が伝えた「即身成仏」の視点は、まさにその境目をやわらかく溶かしてくれるものです。


悟りと迷いをわけるのではなく、ひとつの世界の中に両方を見ていく。
その感覚を、わたしは「差取り」と呼んでいます。


わけて見ていたものを、ひとつに受けとめてみる。
すると、「いびつ」に感じていた景色が、思いがけずやわらかく変わっていくことがあります。


あなたがふだん「わけて」考えてしまうものは、どんなことですか?
それをもし、切り離さずに“ひとつ”として抱えてみたら、どんな気持ちがするでしょう。


✧✧✧


お彼岸は、“わけない”こころを思い出す時間

お彼岸は、特別な修行をしなくてもいいし、立派なお参りのかたちがなくてもかまわないのかもしれません。
大切なのは、「向こうとこちら」を切り分けずに、静かに想いを寄せること。


お墓に足を運べる人は、その時間をとおして。
行けない人は、心の中で静かに手を合わせながら。
それぞれのかたちで「わけないこころ」を思い出すことができます。
わたし自身も、心の中でつながりを感じたいと思います。


空海が伝えた「すでにここにある」という視点。
そして“差を取る”という感覚。
それらは、お彼岸にこめられた「此岸と彼岸をつなぐ」という願いとも響き合っています。


向こう岸を探しに行くよりも、いまここでわけない心を思い出す。
お彼岸は、そんな小さな気づきを受けとめる時間なのだと思います。


お彼岸は、“わけないこころ”を思い出すきっかけ。
それは、わたしたちの日常の中でも、
そっと続けていけるものだと思います。


今日はここまでです。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


✧✧✧


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