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限界関係性オタクが【あしたのジョー】で流した真の涙。凄惨なるカーロス限界オタクの生態

 先日生まれて初めて【あしたのジョー】の原作を読破した。圧倒的完成度と凄惨すぎるストーリーのクオリティに脳を焼かれて今ここにいるというわけだ。

中学生だかの頃になんかの再放送でアニメを全部見ているので厳密には初見ではなくストーリーは知っていた。その時もなんと面白い作品かと感動したが今回の衝撃はそれ以上であった。

私は限界関係性オタクである為、ジョーを取り巻く関係性には胸を打たれるものが多かった。特に「カーロス・リベラ」との関係はある程度の限界関係性パワーがないと気付けないものが多かった為に実り多かった。

そんなわけで全体通して最高の作品であったが特筆せざるを得ないほど胸を打たれた感想を記載していく。

破滅に向かう男達、脱落して幸せを掴む男達

私は全編通して、特に力石の過酷な減量を皮切りに始まった破滅へ向かう男たちとそうでない者の描写に胸を打たれた。

この作品のおいてジョーと対峙、あるいは深く関わる者は2つの道を辿る。拳闘にのめり込み続け破滅の道を辿るか、拳闘から足を洗い人並みの幸せを手にするかだ。
目立つ前者は力石、カーロス、そしてジョー自身もだ。後者は最も顕著な存在はマンモス西だ。

力石を筆頭に本気のジョーと戦う者は壊されてしまう。そしてジョー自身もじわじわと自分の体を蝕まれていた。それでも彼らは最後まで戦い続けた。戦うことを良しとした。
力石はジョーとの戦いの先に自身の栄光を見据えていた。だが待っていたのは破滅だった。そしてジョーはそんな力石の亡霊に呪われる。

ジョーは「力石徹を殺した」という事実に呪われテンプルを強打できなくなるも、拳闘をやめることはできなかった。拳闘の世界は丹下のおっちゃんを筆頭に生まれて始めて人の愛を浴びることができ、一人の人間として扱ってくれる世界だった。初めて見つけた人生の生きがいだったから。
栄光へのスタートラインに立ち、死んだ力石。ボクサーとしての生命線である顎を砕かれ過去の栄光にすがることしかできなくなったウルフ、そして脳を砕かれて拳闘の出来ない体になっても「勝負の妄執」だけ燃えくすぶっているカーロス。
そんな彼らを見てきたからこそ、ジョーは破滅への道を進み続けることを良しとした。そして、自身も全てを燃やし尽くす。破滅へ辿り着くことを「真っ白な灰になる」と謳った。

私はカーロス・リベラがとても好きなキャラクターだ。それは彼がホセに壊された後のあまりにも悲痛すぎる姿が美しいからだ。
もう強く激しく燃え上がることはない、それでも「勝負の妄執」だけが燃え尽きずに残っている。壊れた脳で日本までやってきた、ジョーに会いに来た
壊れた脳に唯一残っていたのはジョーとの記憶だけだった、それが即ち「勝負の妄執」である。直接壊される原因になったホセに対する怒りや恨みではない。あくまでも最高の勝負を繰り広げたジョーとの記憶だけが残っている。このくそでかい感情が見えるか。

だからジョーが泣きながら燃えくすぶるカーロスを抱きしめる部分は本当に心から涙を流した。ジョーは哀れみ、そして慈しんだ。
この泣きながら抱き締めるジョーの姿、これはカーロスに対する哀れみや悲しみだけでない。自分のあり得る未来を目の当たりにした悲しみでもある。カーロスは燃え尽きられなかったジョーの姿でもあるのだ。

リングへ上がろうとするジョーへ「かわいそうなカーロス・リベラ」と葉子が言ったときの反応からジョーの中でもカーロスの存在のでかさを伺うことができる。

今まさに全てを燃やし尽くそうとリングへ向かうジョーだからこそ、全てを燃やせなかったカーロスを哀れむ資格がある。
だから「パンチドランカー」という点だけを見て哀れむ葉子はその真髄を理解できていない。ジョーがカーロスへ向ける真の悲しみの片鱗も理解できていない。
男達の世界、リングに生きる狼たちのでかすぎる感情が見える最高のシーンである。

志半ばで死んだ力石、生きながらにして志を失い死ぬも同然となったカーロス。その2つの魂を背負い、呪われながらジョーはホセ・メンドーサに立ち向かうことになる。
ここでリングサイドにカーロスが立ち、終盤には葉子までもが立つのが本当に素晴らしい。葉子は最初から最後まで男達を破滅へと誘う悪女であった。だが最後の激励、あの場においてはそれこそが救済と成る。最後まで破滅させてやることがジョーにとって魂の救済、即ち燃え尽きることに繋がる。
ジョーは力石とカーロスに呪われながらにして支えられていた。だからカーロス本人と葉子を通じた力石がセコンドにいることが支えにもなっていた。

アニメでは西が側にいたが私はこの原作改変は改悪であると声を大にして伝える。

西はジョーと最も対照的な存在である。西はジョーが失ったもの、捨てたものこそを慈しみ生きる男だからだ。彼はいつの間にか拳闘を捨て仕事に精を出し紀ちゃんと結婚し人並みの幸せを手にする。
そんな幸せをジョーも同じように手にする権利があった。だが彼は選ばなかった。自ら捨てたのだ、体外的な幸せではない。ホセ・メンドーサとの戦いという自分の魂の救済を選んだからだ。
西が手にした幸せではジョーは生涯かけても燃え尽きることは出来ない、力石の亡霊も祓うことが出来ない。守るものを手にした西と全てを捨てながら戦うジョーとの対比が最高なのだ。

だからそんな西はあの試合でジョーの側に立ってはいけない、その幸せをそのまま抱きしめていて欲しいと願う。かつて燃え尽きられなかったおっちゃんとカーロスがいて、破滅を見届ける覚悟の葉子がいるあのリングサイドに西が立つ資格はない。

【俺とくる奴は 狼だ】

この言葉が全てなのだ。だから原作で結婚式以降フェードアウトして紀ちゃんと幸せを築く西が、ジョーの捨てた未来がセコンドに立つことは許されない。

ぼろぼろのカーロスがリングに向かって叫ぶあの光景だけが美しい。カーロスとかいう存在は本当にジョーへの感情がでかすぎて本当に堪らない。

狼になれなかった男、ホセ

拳闘としての栄光、世界チャンピオンの座。即ち最強の称号。それから愛する妻と子、リング外での幸せ。
それら全てを手にしているホセ・メンドーサとの戦いこそがジョーの終着点。力石やカーロスが手にできなかった栄光を持ち、拳闘を捨てることで西が得た幸せをも持つ男。
ホセはジョーの持っていないものを全て持っている。何よりも彼には失うものがある。守るべきものがある。

理性と野性の戦い、だがジョーはホセとの戦いにおいてその勝敗に固執していないように見られる。ジョーは全てを燃やし尽くすことにこそ執着し、一寸先さえ見ていない。
パンチドランカーにより視力は奪われ、ホセのコークスクリューブローで更に脳へダメージを受けている。それでもただ全てを燃やし尽くす為にホセへと立ち向かう。地獄へと向かうジョーの魂を、その背を押すのは燃え尽きることができなかった男達の魂。

だからそんなジョーの目に、本物の狼の目にホセは恐怖する。

ジョーに恐怖し反則を繰り出すあのシーン、ホセは最強のボクサーではあるが狼にはなれないことを意味している。
まるで野犬に出会い猟銃を取り出す人間だ。ホセは最強である、だが彼は狩られることを恐れた。だから咄嗟に反則を連発した。自分の身を、守るべきものを守る為に。
あそこでジョーが反則で応じなかったのは彼がただの野性でないことを意味している。ボクサーとしての完成形、ホセ・メンドーサに対し最初から最後まで同じボクサーとして立ち向かい続ける。あくまでも拳闘をやり続ける。全てはリングに燃やしカスを残さない為に。

ただの野性であったハリマオとの対比がここにある。ジョーは本物の狼であるが同時にボクサーでもあり続けた。それこそがホセを恐怖させた。
そして、その恐怖こそがホセは永遠に狼へとなれないことを意味している。彼は最強のボクサーであるがそれだけだ。もしジョーとの試合も判定がなく続けたとしたら勝負はどうなっていたか分からない。
そこにこそ、意味があるのだ。喧嘩で勝っても意味がない。本気で拳闘をやって、リングの上で負ける。最強のボクサーにリング上で決着をつけられる。どちらかがくたばるまでの戦いではない。
だから、ジョーは全てを燃やし尽くすことができたのだ。それだけ彼が拳闘に魅入られていたことが分かるし、どれだけ拳闘を慈しんでいたかも伝わる。

対してホセは終盤ずっと怯えていた。恐怖していた。まるで失うものなどないかのように、不死身かのように立ち向かい続けるジョーに対して。
自分には守るものがあるから、失いたくないものがあるから理解できなかった。ずっとリングで狼に怯えていた。だから最後にはあんなにもやつれた姿になってしまった。
その後のホセがどうなったかは分からない、それでもやはりホセもまたジョーが今まで戦ってきた相手と同じように「壊されてしまった」ことを見て取ることができる。

最強であったが故にジョーに目をつけられてしまった、そして強すぎるが故に楽になることができなかった。早々に倒されてしまえばもっと楽になれたかも知れない、だが彼は最強だから勝ってしまった。
ホセはリングにいる限り永遠にジョーの幻影に取りつかれるであろう。失うものがあるのに強すぎたが故の悲劇。あまりにも誰も幸せにならない戦いであった。

そして最後にジョーは葉子へホセと戦い抜いたグローブを「もらってほしい」と渡す。それは彼からのメッセージ。この戦いを、ひいては拳闘に生き続けた自身の生涯を肯定して欲しいというメッセージ。
最終ラウンドまで戦い抜き、全てを燃やし尽くした男の遺骨。それがあのグローブ。葉子がそれを受け取ることは彼の生涯を肯定することにある。
そして彼女が最後まで目を背けず見届けたということはジョーにとっても救いである。だからあのグローブを葉子に受け取って欲しいと言った。自身が生きた拳闘の世界、それを象徴するグローブを渡す。あれをエンゲージリングと見ることもあるいはできるかも知れない。

「あした」のために

どこまでも破滅に向かい続ける男と、それに立ち向かう者たちの悲劇の連続。あまりにも誰も彼も幸せにならない話の連続は本当に心を強く震わされた。
中盤以降、ジョーと丹下のおっちゃんとのすれ違いがいやに強調されることが多かった。それは終盤になればなるほど2人の決定的な違いを分からせる布石となっていた。

最初からずっと「あした」を見据えていたおっちゃんと「燃え尽きる」ことを見ていたジョーでは辿り着くビジョンもなにもかも合うわけがないと。2人は力石の死後、決定的なすれ違いにお互い気付くこともないままずっと一緒にいた。
それでも最後の最後まで一緒に戦い続けた。一緒にいたからジョーはちゃんと燃え尽きることができた。歪ながらもパートナーとして成功していた。こういった歪んだ関係性もまた限界関係性オタクとして琴線を刺激された。

中学生だった頃見ていた時はやはりあまりにかっこいい力石が好きであった。無論今読んでも力石は最高だった。本人もかっこいいしライバル関係としても素晴らしい。
それでいて「最高のライバルを殺した」という因果に呪われ苦しむジョーの姿は本当に悲痛でだがそれ以上に死後、自分が思っていたよりでかい感情を抱いていたことに気付き呪われるジョーの中での力石との関係性は凄まじかった。

だが何よりも私が今回読んで最も心震わされたのはやはり前述もしたカーロス・リベラの存在だ。彼は燃え尽きられなかったジョーであり、栄光へ向かい続けた力石のあり得た姿だ
何度でも言うが脳がぶっ壊れ全てを失って最後に残ったものが「勝負の妄執」でありそれはジョーとの勝負であったというのが心からツボである。限界関係性オタクとしてこんなにも心震えるくそでか感情を吸えるとは思っていなかった為、感動が止まなかった。だからそれに応えるジョーの涙の抱擁こそが最も美しい。

カーロスとの対比だけではない。途中で拳闘から降りた西との対比もまた美しい。途中まで共にリングで苦心した西にこそ人並みのジョーが手にできたはずの幸せを手にさせるという展開は漫画としての話の上手さに感服した。

真の名作に出逢えたときの喜びは筆舌に尽くしがたい。最後まで読み切った時、私もまた本当に燃え尽きたように感じた。それはどれほど感情を入れ込み読んでいたかをまざまざと実感させた。
本当にこの漫画を手にしてよかった。なによりも今こうしてカーロス・リベラという拗らせられる存在に出会えてよかった。果てなき感謝を。

誰も哀れむことも悲しむことも許されない、その資格はない。だからせめて感謝を。
リングに生きた本物の狼達へ、感謝を。

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