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「リアクション」が作品の運命を左右すると、読者は意外と気づいていない【名作が埋もれる理由】

【おもしろい小説でも反応が無ければ伸びない】

小説投稿サイトランキングを見ていて「こんなに面白い小説がこんな下位だなんて信じられない!」「こっちの小説の方がよほど面白いのに、ランキングが狂っているんじゃないのか?」と思ったこと、ありませんか?

…さて、そんな経験のある皆さん、その「おもしろい小説」に対して「感想」や「ブクマ(お気に入り)」「評価」などのリアクションを取ったことはあるでしょうか?

既にご存知の方も多いでしょうが…ランキングというものは実は「おもしろさ」や「クオリティー」で決まるものではないのです。

書店のランキングなら「売上」、投稿サイトのランキングでは、上に挙げたような「読者の行動(によるポイント)」がモノを言います。

そしてそれら「売上」や「読者の行動」は、「おもしろさ」とイコールではないのです。


■おもしろくても行動で示さない読者

皆さんは、学校の授業やホームルームで「自分の意見を言う」のが得意な方でしたか?

それとも意見は言わず、多数決にだけ参加する方でしたか?

この手の「積極性」には個人差があります。

小説に対するリアクションも同じで、気軽に反応できる読者もいれば、アクションを躊躇ためらう読者もいます。

また、リアクションを積極的に「したい」読者もいれば、「したくない」「面倒くさい」という読者もいます。

これは読者の性質によるもので、小説のクオリティーとは無関係です。

どんなに面白い小説でも、意見を示すのが苦手な読者、わざわざ行動を起こすのが面倒な読者なら「ノーリアクション」で終わってしまいます。

つまり「リアクションに積極的な読者に恵まれた作品」はランキング上位に上がりやすく、その逆は順位が上がりづらいということです。

■「後追い」はできても「最初の一人」にはなれない読者

上にも挙げた「学校の多数決」の例ですが…

「意見を言う」のと「多数決に参加するだけ」って、ハードルの高さが全然違いますよね?

さらに「意見を言う」のも「最初の一人目」になるのと「後から意見を出す」のとでは、また心理的な難易度が違いませんか?

まだ誰も出していない意見を最初に口にするのは「勇気」がります。

その意見が笑われたりたたかれたりする恐れが、少なからずあるからです。

発言する「場」の空気にもよるでしょうし、そんな恐れを抱くこともなくサラッと発言できてしまう人もいるのでしょうが…。

小説の感想や評価でも、同じことが言えませんか?

まだ誰もリアクションしていない作品より、既に多くの人がリアクションしている作品の方が、安心して行動を起こしやすいのではないでしょうか?

感想の数が少ないと自分の意見が目立ってしまいますが、数が多いと目立たずに済む…というのもありますし。

小説投稿サイトでは「新規投稿時のロケットスタートがモノを言う」とよく言われますが…

この投稿初期の段階で「最初の評価者になってくれる勇気ある読者」「リアクションに積極的な読者」と運良く出逢えないと、いつまでもポイントが0の下位順位のまま…

さらには「数値信仰」で数値だけ見て「読まず嫌い」する読者も一定数いますので、「おもしろいのに読んでもらえない→だから余計にポイントや順位が伸びない」という悪循環にもおちいりかねません。

■「遠慮が無い」読者の方がリアクションのフットワークは軽い

上でリアクションするには「勇気」が要る、と書きましたが…

実は「リアクションできるか・できないか」は「勇気」や「積極性」だけの問題ではありません

勇気や積極性があっても、作者や他の読者に「遠慮えんりょ」してしまってリアクションできない読者もいるからです。

「こんなことを言って嫌われたらどうしよう」「自分の発言で他人を不快にさせてしまったらどうしよう」etc…

他者に気をつかい、慎重しんちょうになるがあまりに行動を躊躇ためらってしまう方、結構多いのではないでしょうか?

ですが、他人の気持ちなど特に考えず、ただ自分の言いたいことをズバズバ言う人も、世の中にはいます。

そして実際、そういう「他人に遠慮の無い」人間の方が、リアクションのフットワークは軽いのです。

その「遠慮の無いリアクション」が、その人の「好きなもの」に対してだけ発揮されるなら良いのですが…

中には「嫌いなもの」に対してもズバズバ意見を言う人がいます。

自分は「趣味の合わない物語」に出逢っても「これは、いわゆる『 not for me 』だったんだな」と、自分の「選書眼」の悪さを嘆いて何のリアクションもせずに去るのですが…

そういう「自分の趣味に合わないもの」に文句を残して去って行く読者もいます。

Amaz○nさんの「リアクションがあまり多くない本」のレビューを見ると、最初の一件はそんな「趣味の合わないモノへの文句」であることも多いです。
その後からフォローする形で「自分にはアリ」「レビューほど酷くない」という意見がちらほら投稿されたりするのですが…。

過去記事にもちょくちょく書いていますが、物語の好みは十人十色

自分には合わない物語でも、それを大好きな読者はいます。

それを「合わないから」という理由だけでけなすのは、その物語を好きな読者の心を傷つけ、神経を逆撫さかなでします。

読者間での争い炎上の火種にもなりますし、エスカレートして誹謗中傷合戦になるとアカウントBAN侮辱罪名誉毀損罪にもなりかねませんので、気をつけた方が良いかと。

単純に「それで他人が傷つく」ということに気がついていないだけ、ただ「趣味に合わない小説をつかまされてムカついた自分の気持ち」しか見えていないだけ…という人もいるのでしょうが…。
「趣味に合わない」ものに意見するにしても、他者に気を遣える人はちゃんと言葉を選んでいますので。

■リアクションのハードルの高さ

以前の記事で「アクションのしやすさ」について語ったことがありますが…

投稿サイトのリアクションには、上に書いた「最初の一人か後追いか」以外にも難易度の差があります。

それはズバリ、システム的な「リアクションのしやすさ」です。

たとえば、アカウントが無ければ何の反応もできないサイト…

あなたが「アカウントを持っていない読者」だったとして「この小説おもしろかった~!感想送りたいからアカウント作ろっ」となるでしょうか?

アカウントを作るのって、正直いろいろ面倒くさいですよね?

(個人情報を入れなくて良いとしても、パスワード設定や管理などいろいろありますし…)

よほど強い思い入れが無い限り「この小説のためにアカウント作ろう」とはならないのではないでしょうか?

それと、リアクションの中でも「ハードルの高いリアクション」と「気軽にできるリアクション」があります。

「ブックマーク(お気に入り)」や「星の数で評価する」などに比べて、自分の言葉を使わなければならない「レビューを書く」「感想を送る」は、なかなかハードルが高いと思いませんかか?

投稿サイトの中には、このハードルを下げるべく「複数種類ある一言感想の中から自分の気持ちを選んでチェックを入れるだけ」のものや「スタンプを送る」というシステムがあるものもあります。

しかし、全てのサイトがそうなっているわけではありませんし、システムがあっても読者に認知されていなければ、使われることもありません。

あと「作者に認知されたくない読者」にとっては「ブクマすると作者に『誰がブクマしたか』知られてしまう」というシステムも、結構な鬼門です。

何をブクマしているかが第三者に丸見えなシステムも「ブクマ内容で性癖がバレたくない」読者には鬼門かと…。
ラノベのタイトルって、わりと直截的で「そのまんま」ですからね…。

過去記事にも書いたように、アクションのハードルを下げると、それはそれで「不正がしやすい状況が生まれる」というリスクもあります。

なので個人的には「アカウント有りで出来るアクション」と「アカウント無しで出来るアクション」を両方揃え、「アカ無しで出来るアクションは順位には反映されないが数値や表示(タグなど)に反映される」という仕組みだったら、リアクションしやすく、かつ不正も多少防げて良いのではないか…と思っているのですが。

不正をしたい人は「やっても意味の無い(順位に関わらない)」不正を、リスク手間を取ってまでやらないと思いますので。

■「リアクション」の大切さに気づいていない読者も多い

自分がネット小説を読みあさり始めた学生時代…

正直「作者に感想を送る」「リアクションする」ということを考えもしませんでした。

書き手にもなった今は「読者の反応がそのまま順位に繋がる」「モチベーションを左右する」ということに気がついているのですが…

いわゆる「読み専」の頃は「作者の立場や気持ち」までには思いがおよばず…

「ああ、おもしろかった」だけで終わってしまっていました。

コンテンツというものは、わざわざ反応を返さなくても楽しめます。

なので、見つけて→読んで→「ああ、おもしろかった」で満足してしまえば、ユーザーの中だけで全てが「完結」してしまうのです。

物書きの中には「読者の反応が無ければモチベーションが保てない」「ポイントや順位で報われないと心が折れる」タイプの人間もいます。

なので、ノーリアクションのままだと、未完のまま更新が止まるリスクもあります。

そもそも商業ベースの作品だと、読者の反応によってその作品の今後が左右されてしまうわけですが…

読者の全てが、そういう事情を察しているわけではありません。

また、多少察していたとしても「自分一人のリアクションなんて大したことない」「こんなに面白いんだから、他の誰かがリアクションしてくれているだろう」と、「他者に期待して自分は行動を避ける」読者は多いのではないでしょうか?

…実際問題、リアクションしてもその作品が上位に上がってくれるとは限りませんし、更新の止まる作品は止まります。

そういうことが続くと、リアクションした側も心が折れそうになるのですが…

それでも、上に書いてきたように、作者と作品には読者のリアクションがどうしても必要なのです。

「自分一人がリアクションしたところで、0ポイントが1ポイントに変わるだけで大したことない」と思われる方もいるでしょうが…

たとえささやかな変化でも、そこには充分意味があります。

それは少なくとも一人は「この小説を評価している」というまぎれもない事実なのですから。

■サマジョ率が高いと「声の大きい読者」ばかりが得をする

皆さんは「サイレント・マジョリティー」という言葉を聞いたことがありますか?

簡単に言えば「物言わぬ多数派」のこと。

たとえば投稿サイトで言うなら「リアクションするのは実は少数者のみで、大半は何のリアクションもせずに沈黙している」ということです。

このサイレント・マジョリティーの比率、実際にどれくらいのものなのか…

独自に調べたことがあるのですが、小説投稿サイト「小説家になろう」の「作品レビュー」でのサマジョ率は実に99%(レビュー率1%。小数点以下四捨五入での数値)でした⬇。

上にも書いてきたように、投稿サイトのポイントやランキングは「読者のリアクション」によって左右されるわけですが…

その肝心の「リアクションする読者」が、実は、ほんの数%の少数者である可能性も高いのです。

つまり、現在の投稿サイトで「目に見えている人気」は「積極的にリアクションできる少数者の人気」。

沈黙している多数派の人気は、ひょっとしたら別の所にあるかも知れないのです。

むしろ「積極的にリアクションできない慎重な読者」にこそ好かれる作品…というのもあると思うのですが、それはおそらくランキング上位に上がってくることはないのでしょうね…。

サマジョ率が高いと「リアクションしたもの勝ち」な世界になります。

どんなに面白くとも、あるいは「真の人気」がどれほどあったとしても、リアクションが無いなら「無いもの」と同じ

逆に、少数者にしか好かれないニッチな人気でも、リアクションが目立てば天下がれてしまうのです。

「数値信仰者」は作品の面白さではなく「数値」に惹かれて集まりますし、既に一定の評価を得ているものに「後追い」の評価をつけるのはハードルが低いですから「評価がさらに評価を呼ぶ」のです。

■作品を「推す」意味

「最近何だか、趣味に合わない作品ばかり増えている」…そんな不満をお持ちの方、いらっしゃいませんか?

…さて、そんな経験のある皆さんは、逆に「自分の趣味に合う作品」を何らかの形で「推した」経験があるでしょうか?

コンテンツに対する「好き」の気持ちは、声や形に出さないと誰にも伝わりません

自分の中だけで「好き!」と思いめぐらせたところで、他の読者にも運営にもクリエイターにも、誰にもその「好き」に気づいてもらえません

逆に、遠慮無く「好き!」を公言する読者の声は、周りに届きやすく、その声をんでもらいやすいのです。

結果、周囲に遠慮して好きなものも好きと言えない読者の「好きなもの」はだんだんと消えて行き、遠慮無く意見を言う読者の「好きなもの」ばかりが世に残っていきます。

世の中が「自分以外の誰かの趣味」にあふれて「自分の好きなもの」が追いやられているとしたら、それは自分の「好き」が「推し負けている」ということなのです。

それが嫌だからと言って「趣味に合わないもの」を叩いても、状況は好転しません。

(上でも書いたように、読者同士での争いや炎上の火種になるだけです。)

大事なのは自分の「好き」を世に広く知らしめること

「好かれている」と気づいてもらえれば、クリエイターもそれを大事にしてくれますし、他の読者も興味を持ってくれます。

そしてもうひとつ重要なのが「推すことの重要性を周知する」ことです。

数年前、「自分の好きなマンガが打ち切られた」ことをきっかけに、「少年ジャンプ」の打ち切り漫画および「アンケートシステム」について自由研究を行った小学生がちょっとした話題になりました。

彼女は最後に「打ち切り漫画でも面白いものはある」「好きな作品の掲載順位が下がったらアンケートを出して欲しい」と訴えて研究をめくくっています。

自分の「推し」は行動にして推さなければ守れない――この事実に小学生の時点で思い至ったというのが、頭の下がる思いなのですが…

こうやって一人の人間の「熱意ある訴え」に触れて初めて「リアクションすることの重要性」に気づいた読者もいるのではないでしょうか?

「推し活」が認知度を上げてきている現代、「推すことの重要性」に、気づいている人は既に気づいています。

ですが、未だ気づいていない人も、数多くいます。

自分の「同志」がその「気づいていない側」だとしたら、恐ろしく「不利」なことになるのです。

だからこそ「リアクションすることの大切さ」を世に訴えていかなければならないのです。





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