豊かさってなんだ?☕コーヒーから考える人間の豊かさについて
こんにちは☕
コーヒー活動家の新里です。
最近世の中の変化が激しく、ついていけないかも…と思ってしまうのは自分だけでしょうか?😭
テクノロジーの発展、環境問題、戦争、宇宙開発……
世の中の変化スピードはこれからどんどん加速していくでしょう。
ここで自分だけは立ち止まり「豊かさ」について考えています。
豊かな生活とは何でしょうか。
案外答えは身近にあるものかも??🧐
豊かさというとイメージしやすいのは
お金持ち、大きな家、海外旅行に行くことなどなど。
もちろん、そういうものも豊かさの一部だと思います。
でも、それだけでは説明できないものがある。
例えば、同じものを食べても、ある人は「お腹いっぱいになった」とだけ感じる人。
その中に何十種類もの味や香りの変化を感じる人。
この人の方が「豊かさ」をより感じられていそうです。
だとしたら、豊かさとは
「何を持っているか」だけではなく、「何をどれだけ感じ取れるか」なのではないでしょうか。
同じ夕食でも、見えている世界は違う
たとえば、夕食を食べるとき。
まず、「お腹が空いた」という身体的感覚があります。
食べて、「お腹いっぱいになった」
これで食事の目的は達成できます。
身体的不満が満たされたからです。
でも、そこから少しだけ意識に目を向けてみる。
「この料理、好きだな」
「これはあまり好きじゃないな」
さらに深掘ると、
「ほどよい甘味がくせになる」
「感じたことのない口当たりだ」
と感じる。
さらにその先には、
「このトマトは酸味と甘味のバランスがいい」
「醤油の香りが、口に入った瞬間と飲み込んだ後で変化した」
「新鮮な大根がまるで洋ナシのような味わい」
という世界があります。
同じ料理を食べている。
でも、感じている世界は違う。
私は、この違いを「感じる解像度」と呼んでいます。
それは、単に敏感な舌が重要と言ってる訳ではありません。
同じものの中に、昨日まで気づかなかった違いや意味を見つけられること。
そして、自分が何に惹かれ、何を心地よいと思い、何に違和感を覚えるのかが、少しずつ分かってくること。
ここで本当に重要なのは、
これら世界が変わったのでははく、
自分が世界から受け取れるものが増えたこと。
私は、それを「解像度が上がる」という言葉で表現しています。
コーヒーは、解像度を上げる練習になる
先程は、料理を例に出しましたが、
コーヒーも同じです。
「眠いから飲む。」
これは身体的快楽です。
カフェインを摂取して、眠気が覚める。
それもコーヒーの大切な価値です。
これがあるからこそ、
世界中で一日に約20億杯ほどコーヒーが消費されている。
でも、私はもう一つの楽しみ方を提案したい。
自分の感覚を使って、コーヒーを味わうことです。
今日のコーヒーはどんな味なのか。
酸味はどんな質なのか。
そこに甘味は伴っているのか。
苦味は心地よいのか。
どんな香りがするのか。
飲み込んだ後、どんな余韻が残るのか。
たとえば、
「チョコレート漬けのパイナップルのような味がする」
「シロップのような透明感のある甘さがある」
「万華鏡みたいにきらびやかな味わいだ」
そんな言葉が出てくることもあります。
もちろん、正解があるわけではありませんし、コーヒーに評価が必要不可欠だとも思いません。
大事なのは、自分自身がどう感じたかです。
「自分のものさし」が磨かれていく
コーヒーを飲み続けていると、以前は気づかなかった違いに気づけるようになります。
最初は、「なんかおいしい」だけかも知れません。むしろそれでいい。
それが、意識して飲んでいく内に
「なんだかいつもより酸っぱい」になり、
「酸味と苦味が強い」になり、
「酸味は強いけど、甘味とのバランスがいい」になり、
「自分はこういう酸味の質が好きなんだ」と
どんどん変化していく。
つまり、コーヒーが変わっただけではなく、自分の「ものさし」が変わっているんです。私は、この「ものさしを更新していくこと」に大きな価値があると思っています。
豊かさは、増やすだけではない
現代社会は、とても豊かになりました。
もちろん、経済格差、環境問題など、
さまざまな社会問題はあります。
解決すべき問題もたくさんあります。
でも一方で、歴史的に見れば、僕たちはものすごく多くのものを享受できている時代に生きているのではないでしょうか。
食べ物も情報も娯楽も、物質的にみれば
人類は確実に豊かになっています。
では、なぜ「豊かになったはずなのに、豊かさを感じられない」ということが起こるのでしょうか。
私は、その理由の1つが、
「持っているもの」と「感じ取れるもの」が一致していないからではないか
と思っています。
いくら目の前に豊かなものがあっても、それに気づけなければ、自分にとっての豊かさにはならない。
だから必要なのは、
豊かさをさらに増やすことだけではなく、
豊かさを感じ取る能力を磨くことなのではないでしょうか。
コーヒーは「今」に返してくれる
その意味で、コーヒーはとても面白い道具です。コーヒーを味わおうと思ったら、「今」に集中しなければいけません。
今、私が感じている温度。
今、私が感じている味。
今、私が感じている余韻。
同じ条件で淹れても、一回目と二回目では微妙に違う。その小さな感覚の違いを感じ取る。
こうした行為は、禅や瞑想にも近いところがあります。
そして、ここで身につけた「今を感じる力」は、コーヒーだけに閉じません。
朝、外に出たときの空気。
ふと見上げたときの空の色。
料理の味わい。
季節の変化。
誰かとの会話、そしてその人の表情。
「今」に立ち戻るというスキルが、
日常の中にある、これまで見過ごしていたものを見せてくれます。
繰り返しますが、世界が変わった訳ではなく、自分が世界から受け取れるものが増えているんです。
一人ひとりの解像度が、社会を変える
そして、僕がコーヒーを通して最終的に考えているのは、個人の豊かさだけではありません。
一人ひとりが、自分のものさしを持つ。
世界が豊かだと知覚する。
自分の内側に、豊かを感じる。
そういう人が増えていけば、社会のあり方も少しずつ変わっていくのではないでしょうか。
社会を変えるというと、制度を変えることや、大きな運動を起こすことを想像します。もちろん、それも必要です。でも、その前に、「自分は何を豊かだと思うのか」を自分自身が知っていることも大切なのではないでしょうか。
自分のものさしがなければ、他人のものさしで生きることになります。
SNSの「いいね」や、ランキング。
誰かが成し遂げたように見える成功。
そういうものを基準に、自分の豊かさを決めることになるのは、リスクがあると思います。
だからこそ、自分の感性を磨く。
自分のものさしを持つ。
そして、そのものさしを更新し続ける。
そして、目の前のコーヒーを
だから私は、あなたが今日淹れるコーヒーの見方を少し変えてあげることをオススメします。いつも飲んでいるコーヒーでいいんです。
一杯のコーヒーを通して、
「自分は何を感じているんだろう?」と考える。その小さな習慣が、自分の感性を磨いていく。そして、その感性がコーヒーの外側にも広がっていく。
そうやって、自分の世界の解像度が上がっていく。私は、コーヒーにはそのための力があると、思っています。
豊かさとは、何かをたくさん持つことだけではなく、目の前にすでにあるものを、どれだけ豊かに感じ取れるか。
そのための「ものさし」を、どれだけ磨いていけるか。
私は、一杯のコーヒーが、世界の豊かさを教えてくれると、実感しています。
世界は豊かさに溢れているのかも知れません。☕
