ジェフ・ベック&大槻啓之!人生は粕汁!剣客商売では何を入れる?普通って なんなん?今、人生を考える!(粕汁&バロック彫刻付き)🍜🍜🍜🍜🍜
HURRICANE !ジェフ.ベック&大槻啓之!ジェフ.ベック奏法!
粕汁には何を入れる?鮭派?豚?小芋?🍜剣客商売では、何を入れたか?普通ってなんなん?普通の定義とは???🍜🍜🍜🍜
(ジェフ. ベック奏法研究家 大槻啓之様は税金対策で車を買った!)
ジェフ・ベック研究家として、又 浜田麻里様の作曲者、アレンジャー、プロデューサーであり、郷ひろみ様の “エキゾチックJAPAN” のアレンジャーであり、 B´zの作曲者でもある、大槻啓之様は、浜田麻里様の曲でドカン!と印税が入って来た時に、焦ったそうな。

Hurricane ジェフ・ベックの特別な曲を弾いている大槻啓之様 ↑
それは、11月に入って来た印税、よく考えると、来年直ぐに税金でドバッて持っていかれる事を知り、慌てて税金対策の為に 車を買った。それもベンツやジャガーではなく、国産車。
何だか、ホッコリする話だ。
こういう場合、大抵の場合、ベンツやBMW やジャガーやポルシェになるのだけれど、ロッカーだなと思った。
そういうところが 大槻啓之様の魅力かな。
もうすぐ 70歳になろうかという御方なんだけど、とても そうは見えない。かなり御若く見える。
いつまでも、バンドの御兄様的な感じ。
それに、大槻啓之様は 事務所には所属してなかったので、ドンドン作曲依頼が来ていたわけでもなくて、そういうところも、普通の感覚を忘れずに ずっとやって来れた理由のひとつなんじゃないのかな。
EMERGENCY (浜田麻里) アラビア風のカッコイィアレンジ! ↑
あぁいう世界に長くいると、「普通」であり続ける事は とても難しく、普通の感覚を持ちながら、でも、「天才的な職人技の仕事」をこなさなくてはならず、「人としての力量」を問われてしまう感じもしてしまう。
“普通” をとると、“天才的な仕事” が出来るのかどうか….は、どうしても 怪しくはなって来る。
あまりに天才的過ぎると、例えば マイケル.ジャクソンみたいになってしまい、“人として” 機能しなくなり、そのうち “壊れて” しまう。
普通って、人間にとって一番難しい気もしてしまう。
よく、“普通にしなさい!” とか言われるけれど、「普通ってなんなん?」と思ってしまう。もっと言えば、「正常ってなんなん?」
これ、普通とか、正常の「定義」がいまいちハッキリしていないので、答えが出にくいものである。
それに、日本で言う普通と、アメリカやイタリアやフランスで言う普通とは かなり違うと思う。
“日本で言う普通の概念” は、実は全世界的にみたら、普通なのかどうかは、ちょっと疑問である。
昔 フランスで気付いた事だけど、フランスを含めてヨーロッパでは “ハンカチ” というものを、あまり持たない。
彼らの考えるハンカチとは、あくまでも、“飾り的” なものであり、日本で言う 手を拭いたり、汗を拭いたりする “実用的なハンカチ” とは又 異なって来る。
だから、百貨店でもあまり、日本みたいに 綺麗な色合いの優れたハンカチが店頭には並んではいなかった。
日本だと、やれ、サン.ローランだの、クリスチャン.ディオールだの、ウェッジウッドだの、バーバリーだのと、ライセンス契約を結んだ とても綺麗なハンカチがメンズもレディスでも両方共に、ズラ~ッと 百貨店の1階の正面玄関から入って ちょっと行ったところに 大体 置いてある。
でも、ヨーロッパの場合、いくら探しても なかなか見つけられなかった。

それは、フランスなど農耕の国なので、汗まみれ、泥まみれに毎日なるのだから、ハンカチなんていう、薄っぺらいものでは役に立たない。
日本も農業の国だけれど、日本には “手拭い文化” というものが昔から根付いている事から、ヨーロッパ等よりハンカチを持つ比率が高いのだろうと思われる。
それと、昭和の学校教育も 多少影響があるのかもしれない。
幼稚園というものが戦後 出来てから、手洗いしろだの、ハンカチを持てだのという教育がなされて来たはずであり、学校へいく時に ハンカチは持ち物として、“必需品” として、皆、持たされていた。
“持ち物検査” なんていう 酷いものが昔はあって、その中のひとつとして、ハンカチは入っていたものだ。
そういう感覚で育って来た日本人からしてみると、“何故ヨーロッパの百貨店には、ハンカチ売場が充実してないのだろう?日本じゃ普通の事なのに….” という事になってしまう。
こんな風に、小さな事、些細な事ひとつ、とってみても、日本とヨーロッパの普通とは、違って来る。


ふつうの定義が ハッキリとしていないのに、すぐに、「普通にしなさい!」とか、「普通はそんな事しないもんだ!」とか言うけれど、それって おかしくない?
“普通” なんて言葉ぐらい、“いい加減な言葉” はない。
最近でこそ、“ウォシュレット” はヨーロッパでも知られる様になり、そんなに珍しいものでもなくなりつつあるのだけれど、昔は、例えばイギリスでは、ウォシュレットは「空飛ぶ宇宙船!」みたいに思われていて、「なんじゃ~ こりゃ~!」と驚かれ、珍しすぎるものとして思われていた。
“我々は、こんなもの見た事も聞いた事も触った事もないよ!”という事から、ウォシュレットは当然、宇宙船となってしまうのである。
ところが、一度経験してしまうと、ウォシュレットは当たり前の事として、普通の事として考える様に変わってきてしまう。
だから、「普通かどうかは、その人の経験値により、必ず変わって来る」ものであり、普通とか正常とか言うものは、「時代と共に、又 国によって異なる為、正解がない。」と私は思っている。
そこへ、「情緒」というものが絡んで来るから、尚の事ややこしい。
だから、私は普通という言葉は、好きではない。
日本人はすぐに、普通という言葉を使いたがるけれど、それ、変だと思っている。
“普通かどうかを 一体誰が決めているのか?”
まさに 「そこの部分」だろうと思う。
「決める側の人の都合」で、普通、正常の意味は変わって来てしまう。
だから、普通とか正常という言葉は 非常に「危険」なのである。
私が思うのに 普通の概念は、全人口の70%の人が 使っている、持っている、知っている、良いと思っている、気に入っている事が基準となっているのだろうと。
これ、生活保護を受けられるかどうかの “線引きの 基準ライン” なんだろうなと。
全人口の70%の人を基準としているのなら、“時代と共に” 普通の概念は当然、変わって来る。
昔の生活保護の基準は、エアコンは含まれてはいなかった。
でも、今では、異常気象からも、エアコンは認められる様に変わって来ている。
「タバコ」もそうである。昔は男性は普通に喫煙していて、何も怒られる事もなく、当たり前の事として堂々と、そして厚かましく街中で歩きタバコをしていても、誰にも咎められなかった。
それが 今ではどうだろう…..
私はこのタバコ問題は、実は35年以上年 前から訴え続けて来た。
就職してすぐの頃、皆、机の上でタバコを吸っていたし、街を歩けば、イタリアなら “ジャン.ロレンツォ.ベルニーニにあたる” と同じ様に、日本でも どこでもタバコ.マンに出くわしていた。
これって、「普通の事なん?」と訴えて来た。
「おかしい」と思わないのか?と。



それが ようやく、世間から認められる様に世の中が変わった。
やっぱり、「しつこく言い続けないとダメなんだ」と思っている。
言い続ける事で、時間と共に、いつかは変わる事もあるからだ。
そんな中で、いつまでも、昔の気持ちを忘れる事なく、いつまでもバンドの御兄様的なままであり続ける大槻啓之様という御方は、カッコイィと思う。
小室哲哉様は、時代に翻弄され、あんな事になってしまったけれど、あれも、周りの人の中に誰か、「ちゃんと見ててあげる人」が一人いれば、又 違っていたのかもしれないと、非常に残念に思っている。
本当に困っている時、悩んでいる時、トラブルに巻き込まれた時に、ちゃんと見ててくれる人が側に居なくて、心を預けられる人や頼れる人や場所がなかったのだろうと思っている。
普通ってなんなん?
人と違っていたら、直ぐに変だとか言うのは、私からしてみると、もう、「時代遅れなんだよ!」って思う。
江戸時代、7000万人ぐらいしか居なかった人口が、1億人を突破し、そこから又 再び人口減へと時代は流れている。
そうなってくると、江戸時代と令和の世の中の普通も違って来て当然である。
時間に追いたてられる “隙間風” に、落ちこぼれてしまう人達が
大体 変わっているとレッテルをはられてしまう事になっている。
つまりは、普通かどうか、正常かどうかの判断は、「人口問題から大きく左右される」という事になる。
池波正太郎原作、剣客商売の主人公である 秋山小兵衛は、「お味噌汁には “実” を入れない」のだそうだけれども、その “実” というものの意味を、単なる中身、具材と考えるのか、単なる中身ではなく、より季節感のある味わい深い恵みの物を実と考えるのかによって、“実” 問題は違ってくる。
秋山小兵衛の好む お味噌汁には、大抵「ネギ」ぐらいしか入ってはいない事が多かった。
でも、秋山小兵衛の行きつけの “不二楼” では、本当に ネギだけだったのかな…..と。

不二楼は田沼意次がお気に入りだった御店である。
あらん限りの生きの良い材料を使っての料理を、いつも出していたはずである。
それなのに、ネギだけのお味噌汁って…..
こんな風に、普通というものには、個人の好みも関係している為、ますます、扱いづらい。





粕汁には 鮭派と豚派が必ず存在する。🍜
又 そのどちらでもなく、野菜だけでシンプルに拘る人も。
粕汁に小芋やユリ根を入れる人もいる。
サツマイモを入れる人もいる。
お餅を入れる人もいる。
人其々である。
「普通は そんなん入れないよ」
なんてのは、おかしいのである。
だって、生まれ育った場所が皆 違うのだから、粕汁に「普通」というものはない。
御雑煮の汁も、其々である。
人生も粕汁と同じ。
“何” が入ってないから、おかしいとか、
“何” を入れているから、おかしいとか、
その考え方こそが、おかしい。
人生も粕汁と同じ。
ネギだけを好んだ 秋山小兵衛も、そう考えていたのだろうか。⚜️
Hurricane ジェフ.ベック特別な演奏 大槻啓之様と比較してみて ! ↑
Hurricane ↑
ジェフ・ベックの貴重映像 ↑
ジェフ・ベック奏法のダイジェスト版! ↑
カッコイィ! ジェフ夫! ↑
Forever 浜田麻里 かなりカッコイィ曲! ↑

大槻啓之様の記事と動画は、過去記事にも沢山書いて動画も出しているので、よろしければどうそ!
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