背もたれの無い椅子で本を読む貴方に贈るラリー・カールトン!歴史ある喫茶室でSONG FOR KATEを想う!🪑

椅子には、色んなタイプの椅子がある。
背もたれの有るもの、背もたれの無いもの、猫脚のヨーロッパのもの、チッペンデールの脚の英国製のもの、素朴な国産のもの……




☆《 貴方の座る椅子には、人の呼吸がかかっている。 》☆
椅子は、実は本を読んでいる
椅子は、紅茶で汚されながら
読みたくもない、難しい本を読まされている
椅子は、パンをかじっている
実は、食べたくもないのだけれど
無理矢理、食べさせられている
椅子は、実は人の顔を見ている
あんまり、綺麗じゃない人の顔は
見たくもないのだけれど
仕方がないから、黙って見ている
椅子は、ダンスも出来る
空を飛ぶ事だって出来る
椅子は、お腹が痛い時もある
眠たい時もある
椅子は、恋をする時もある
椅子は、傾く時もある
カタカタと傾く
ガタガタと音が鳴る
椅子は、人間と仲良くなりたいと思っている
でも、「フリ」をしている
椅子は、喋りたくない時もある
黙っていたい
椅子は、人の体温を感じたくはない時もある
座ってほしくない
椅子は、荷物を置いてほしくない時もある
とっとと、帰ってほしい
もう、座らないでほしい
もう、疲れた
椅子は、人間と同じ
椅子も、いつかは死んでしまう
☆《 とある古い喫茶室にある、背もたれの無い椅子を想う 》☆

この詩は、3歳児の様な私が、気の向くまま、思うがままに書いている。
椅子だって、その方が喜ぶだろうから。
そして、ラリー・カールトンを想う。

ラリー・カールトンの歌心たっぷりのギターサウンドが聴く事の出来る、ワーナー移籍後の3枚目のアルバム、「夢飛行」1982年の中の一曲である、ソング.フォー.ケィティは、お嬢様の為に作った美しいバラード曲。
ヴァレリー.アーツ.ストラトキャスターとギブソンES- 335の2本を使い分けた、非常にトーンの美しい曲である。
ドラムはジェフ.ポーカロで、メロディックなサウンドでもポーカロの手にかかると、非常にピシッと決まってくれる。
私は、ジェフポーカロのドラムは、大好きだ。

この夢飛行は、楽曲ごとに演奏者を変えている為、其々のスタイルの違いを心地よく表現してくれている。
ドラムは、スティーヴガッド、ジェフポーカロ、ジョンフェラーロの3人のドラマーで、エイブラハムラボリエル、ロバートポップスポップウェルの2人のベーシストで、全体的にナチュラルで、心地よいギタートーンが魅力的なアルバムとなっている。
又、ゲストにディヴィッドサンボーン、パウリーニョダ・コスタのキャスティングで、グレッグマティソン、ドンフリーマン、ブライアンマンといったキーボードのキャスティングも見事である。
どちらかと言えば、地味なアルバムになるのかもしれないけれど、私はSONG FOR KATE が大好きだ。
私はオーディオチェックのリファレンス用として、ROOM335と同じく大好きなSONG FOR KATE のCDを使用している。
レコードとCD の両方を持っているのだけれど、このCDはどういう訳だか、かなり音質が良く、私の所有する音響システムとも相性が良いみたいなので、レコード盤ではなく、CD の方をリファレンス用にしている。





いつもと聴こえ方が違う時は、体調が悪いのか、機材が本調子ではないのか、何なのかを考えるのには好きな曲で考えるのが一番だと思っているので、いつもそうしている。
背もたれの無い椅子のある古い喫茶室では、音楽を流さない事になっている。
そんな時には、自然とラリー・カールトンのソング.フォー.ケィティが頭の中に流れて来る時もある。
好みではない曲を一方的に流されるよりも、潔くて良いと思う。


ROOM 335 弟みたいなスティーブルカサーとの素晴らしい共演!

ラリー・カールトンも78歳になった。
日本で考えれば、人間国宝級のラリー・カールトンには、
御元気で、出来る限り長く続けて頂きたいと願っているところである。








☆《 人間国宝とラリー・カールトンを考える 》☆
吉田美統 (みのる)は 日本の陶芸家であり、本名は吉田稔。
1932年7月7日の七夕の日に石川県にて生まれ、2001年に人間国宝に認定されている。
吉田美統は、金箔の薄箔と厚箔を使い、遠近感を出す手法が特徴であり、その技法は「釉裏金彩」と言われ、吉田美統はその第一人者である。
ラリー・カールトンが、このSONG FOR KATE でギブソンES- 335と、ヴァレリーアーツの2本のギターを使い分けている事は、日本の人間国宝である吉田美統を想像させるものでもあり、「楽曲そのものに、遠近感と奥行き感」を出している様にも思われる。
音楽と陶芸はある意味、似たところもあり、割れ物でもあり、一度壊れてしまった物には、金継ぎ等で補修を試みる事も出来るけれど、水を入れてしまえば水が漏れだし、実用としては難しくなり、単なる鑑賞用でしかなくなる。
その存在の一瞬、一瞬の美しさを感じ取り、一瞬の間に割れてしまう陶磁器は、2度と同じ演奏、音が出せない事と重なるところがある。
ラリー・カールトンのプレイは、前と同じ様には弾かないと言われているけれど、ラリー・カールトンの場合は、「弾けない」のではなく、わざと同じには「弾かない」だけの事だろうと思われる。
それだけ、「アドリブの為の引き出しが多い」という事である。
あまりにも引き出しが多すぎて、次々と引き出しの中からお洒落な洋服を出して行かないと、新しい洋服が入りきらない事から、毎回違う洋服を出して《 着ている 》のだろうと思っている。
ラリー・カールトン、貴方はセンスの塊!
貴方は天才!
それしか言えない。
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