MIKIMOTO.皇室と山縣有朋の光と影
⚜️ 皇室御用達 MIKIMOTOの輝き ⚜️

京都 南禅寺に程近いところに、ひっそりと山縣有朋が作った庭園が今も残されている。
その周辺も コロナがあった影響からなのか、単なるオーナーチェンジなのか、以前とは御店も多少 変わって来ている。
山縣有朋と言えば、島津家や親戚、関係のある人間からしてみると、あまり好ましいとは思えないはずの御方ではあるのだが、庭園の美しさには罪はないものである。
その “罪のない美しさ” には、やはり 武家御用達の小川治兵衛の “心意気” というものを感じられずにはいられないのである。
茶道でも華道でも、又 庭作りにおいても、武家が好むものがある。
小川 治兵衛は まさに武家好みであり、商人好みとは又 違うものとなってくる。
武家出身ではないが、現在の小川 治兵衛は7代目にあたる。
南禅寺に程近い場所にある “無鄰菴” は、山口県萩市出身で明治政府の内閣総理大臣もつとめた 山縣有朋の別荘であるが、小川治兵衛が策定した事で知られる素晴らしい近代日本庭園と、母屋と洋館と茶室の3つの建物からなり、特に山縣有朋の指示により作庭された庭は、近代日本庭園の傑作と呼ばれている。
この庭は 全てが東山を軸に作られている。
約1000坪という、別荘としては やや、小ぶりな敷地の中で、物語性のある空間を生み出しており、明治36年(1906年)4月21日に、対ロシア外交方針を決める重要な会議が行われているが、その舞台となった場所がこの洋館の2階であり、無鄰菴会議に使われた その部屋は、今では観光客が訪れる事も出来る様になっている。
この場所は、昭和26年(1951年)、国の名勝に指定されている。

日本の皇室と 大きな関係がある宝飾店と言えば、MIKIMOTOである。
皇室では 宮中晩餐会等で、ティアラや、宝飾品を身に付けるのであるが、ヨーロッパの皇室と比べてみると、かなり 控え目である。
それは、特にイギリスの故. エリザベス女王のものと比較してみると、その差は歴然である。
日本は第二次世界大戦で敗戦している為、仕方のない事でもあるのだが、それにしても、あまりにもイギリスとの差が激し過ぎる為、気の毒になってしまう。
山縣有朋の起こした某事件、大失態については、島津家にとって 思い出したくもない “低レベルな話” と思われる為、あえてここには書かないけれど、あれから何十年か経ってみると、全てはなかった事の様に ティアラだけが 静かに、控え目に、輝いている。
1月12日は、成人式である。
昨年12月1日、24歳になられたティアラ姿の愛子様は、日本の未来について、どの様に 御心配をなさっておられるのだろうか?
無鄰菴の苔は、何も語らない。
ただ、ただ、
じっと
春を待ち、
苔むすだけ。
苔むすだけ。 ⚜️




山縣有朋
君が代 雅楽で演奏
平調 越殿楽
疾きこと風の如く 天地雅楽&菅沼 孝三 手数の多い天才ドラマー!
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