花粉避難からの台湾一周 74 おはよう台北〜台北、西門、中山記念堂
台湾旅行23日目、ようやく台北の街を回ります。
私が泊まっていた板橋区から台北までは地下鉄ですぐです。

地図を見て、とりあえず西門と言う駅で降りることにしました。
よく耳にする西門とは
西門という駅で下りるとすぐに目に飛び込んできたのは、

こちらの建築、1908年竣工した八角堂は元々は公衆衛生を管理するための施設として建設されたものだったそうです。この時間は朝早くて特に賑わってはいなかったんですが、昼以降に来るとカフェや雑貨店があるようです。
また、すぐ近くには


昔の台北は城郭都市だったようですね。台北に初めて来た日、工事中の北門を見に行ったのですが、こちらはどうやら西門になるわけです。往時の台北の様子が知りたくなりました。
また西門の近くを歩いていると

なんだか賑やかな街ですね。若者が集まってきそうな。そういえば台北の西門って聞いたことがあります。きっと観光客が行くような繁華街なのでしょう。私、渡航前に一応、台北のガイドブック買ったんですが、ガイドブックがある地域の旅行に慣れておらず、読み方があまりわからなくてそのままになってました( ̄▽ ̄)


京都でいう新京極みたいな場所かなと思ったりします。この日はまだ朝ご飯を食べていなかったので。

朝ごはんを済ませ、しばらく歩いていると、

一瞬わからなかったのですが、台湾に来て初日に来た台湾総督府の裏側でした。そこから少し南に下ると、

どうやら台北府城 南門(麗正門) のようですね。やっぱりそこは台北、立派な門です。この南門のすぐそばに、また私が好きそうなレトロビルがありました。


この建物は、日本統治時代の官営の専売機関「台湾総費府専売局」の本局庁舎として、1913年から1922年にかけて建設されたのだそうです。樟脳やアヘンを保管していた場所だそうです。
またしばらく行くと、目立つものが見えてきました。

北京でよく見た色合いな気が。今まで台湾一周して閩南様式ばかり見てきて突然の北京式建築。なんだか不思議な気持ちになります。
そこからすこし歩くと、

中正紀念堂にて
中正紀念堂の設計者は圓山大飯店を設計した楊卓成氏です。紀念堂は元々は陸軍総司令部があった場所で、ここは当時台北市内で最大の軍事エリアでした。紀念堂に用いられている青と白の二色は中華民国旗のメインカラーです。紀念堂上部の空の装飾は青天白日の12本の光線を表しています。民主化の発展に伴い、思想が開放され、紀念堂前の広場は民主運動の集会場となりました。
途中省略
高さ70メートルの白い壁と青い瓦の建物は紀念公園の中心に位置し、どの角度から見ても壮大さを感じられます。海外から観光で台湾を訪れる際にはどんな旅程を計画してもここを参観に訪れてみましょう。紀念堂の下には陳列室や展覧があり、お土産も販売しています。
どういう理由で建てられたかはともかく、


とにかく建築として素晴らしい。よく晴れたこの時期の雨の多い台北で、よく晴れた日にこの中正紀念堂に来れたのは本当によかったです。

しばらく中正紀念堂の影で涼んでぼーっとしてました。4月初めの台北は影に入ると涼しくて、ちょうどいい気候です。とにかくこの白亜の大理石と青い空とのコントラストがよく映えていました。
となりに日本から来ていた男子学生みたいな子たちがいて、恋バナしてました。たくさんの人観光に来た人たちにとっては、この建物がどういう理由で建てられたかそんな事はどうでもいいんですよね〜

衛兵交代式だそうです。以前は紀念堂の内部で行われていた衛兵交代式が廃止され、2024年7月からこの屋外行進が新たなパフォーマンスとして実施されているのだそうです。
行進は毎日午前9時から午後5時までの間、1時間ごとに合計9回行われるのだそうです。
交代式も終わりと振り返ると、

特にこの日はよく晴れて、後ろの芝生の青さも映えて、白大理石の狛犬の白さがなおいっそう鮮やかに見えました。
やっぱり台北は立派で見るものがたくさんありますね( ´∀`)
つづく
