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【短編小説】その日、お日さまがのぼりませんでした #6

4時間目 教室


教室の窓には
絶え間なく雨が叩きつけられている。
時折、鋭い光とともに雷鳴が轟く。

窓の外は、まるで荒波を思わせるほど
強い風と激しい雨が唸りをあげていた。


クラス担任であるスガは、
すっかりしょげかえっている
アキラとショウゴを前に
はぁと深くため息をつくと頭をかいた。


まったく…
アキラたちのいたずらにはいつも手を焼く。
担任である自分の目を盗んでは勝手に悪さを始める。
挙げ句の果てに騒ぎまで起こし、
いつもいろんな人に迷惑をかける。

「いいか、教室で大人しくしているんだ。
外には出るな。理科室は危険な薬品もあるんだぞ。二度とこんなことするな!」

「はい。すみませんでした。」
アキラたちは肩を落とし声を震わせた。
心から反省している様子だった。

その瞬間、一際大きい稲光が教室を切り裂いた。ハッとした直後、轟音とともに
目の前を真っ暗な闇が訪れた。


突然のことで何が起こったかわからない。

暗闇のなか教室のあちこちで
児童たちの甲高い悲鳴があがった。
あちこちで机が倒れるような激しい音をたてる。

「みんな、落ち着くんだ!じっとしていろ。
動くのが一番危険だ。」

「先生、アイツがくる!アイツがくるよぉ!」
アキラはすがりつくように
スガの腕に思い切り力を込めた。
「シュウヘイ!ごめんなさい!
置いていって、ごめんなさぁい!」
大きな体をガタガタ震えているのが伝わった。

「アイツは来ない!いいから落ち着け。」

スガは何も見えない教室の中に向けて
人一倍大きな声で叫んだ。

「いいか、みんなも落ち着いて聞くんだ。
今から懐中電灯持ってくるからな。
みんなひとつのところにかたまってじっとしているんだぞ!」

稲光が断続的に教室を照らした。
そのとき窓の外を睨み悠然と立っている
アオイの姿が稲光に浮かび上がった。


「おい。アオイ!どうしたんだ。
そこは危険だ。窓が割れるかもしれない。
ゆっくりこっちに来い!」

スガの声にアオイはハッと我に返ると
手探りで机を確認しながらゆっくりと
クラスメイトのところへ向かう。

「大丈夫、大丈夫…
きっと、太陽は昇るから。」

アオイがそうつぶやくが、
教室に広がる動揺と凄まじい雷鳴によって
かき消されてしまった。

4時間目 保健室


稲光とともにタケルの姿が暗闇に沈んだ。
手は涙と汗まみれで水分を含んだはにわが、
ぎゅっと握られている。

「本当に…?お日さま、のぼるの…?」
「あぁ。絶対にのぼる。」

シュウヘイは肩に温もりを感じた。
暗闇の中でタケルがそっと肩に手を添えているのだと確信した。
シュウヘイはタケルが差し出した一筋の光に
希望を見いだそうとした。

「そんなの嘘よ!気休め言わないで!
私たち、もうみんな死ぬの!」

すかさず、真っ暗な保健室にサトミの鋭い声が反響した。
しかし、タケルはサトミの言葉を
穏やかな声で包み込んだ。

「いい?サトミ。
目を閉じて。
そして、よく聞いて。この音。」

ガタガタと窓を揺らす風。
バチバチと窓をたたく雨。

そこにサトミの激しい息づかいが重なった。

「雨。風。それしか聞こえないじゃない!」

「そう。雨の音。風の音。
それが、これから太陽がのぼる前触れなんだよ。」
サトミの声とは対照的にタケルは声を弾ませた。

「えっ…。どういうこと?」
シュウヘイはタケルの言いたいことがよくつかめない。

「シュウヘイ。
風はなんで吹くか知ってる?」

不意をつかれたシュウヘイは少し考えてみた。
風、風…。

「えっと… うちわ?」

タケルの予想を外したシュウヘイの答えに
タケルは思わず声をあげて笑った。


「たしかにそうだ!でも、今のこの突風は
誰かが外でうちわを仰いでいるわけではないよね。

風ってね。
実は温かい空気と冷たい空気がぶつかったときに起こるんだ
冷凍庫を開けたときを思い出してみて。
開けた瞬間にぶわぁーって
冷たい空気があふれだしてくるでしょ。」

シュウヘイは
冷凍庫のアイスを取り出すときに
溢れだす白い煙を思い浮かべた。

「それが、風の正体なの?」

「そう。今は冷たい空気が地面を這うようにせまってきているときなんだ。

それに、今は雨だって降ってる。
これも温かい空気と冷たい空気が関係しているんだよ。」

「それも、関係あるの?」
落ち着きを取り戻しつつある
サトミが訝しげな口調で尋ねた。

「そう。ものすごく関係がある。
温かい空気は水をたくさん含むことができる。
ほらっ、温かい空気のほうが洗濯物がすぐ乾くじゃない?

それが、冷たい空気とぶつかると
空気の中にある水が冷やされる。
そして、それが雲になって空に浮かぶ。

それが集まって雨を降らせるんだよ。」

「でも空気の温度だけで
こんなにもひどい嵐になっちゃうの?」

「それは多分…温かい空気と冷たい空気のかたまりが、とてつもなく大きいからだと思うんだ。」

窓を打つ雨の音が、
いつの間にか小さくなっていることに気づいた。雷の鳴る音が遠ざかっている。


「じゃあサトミ。最後の質問。
空気ってなんで温まると思う?」

「太陽の熱が空気を温めているから…?」

いつの間にかサトミは
いつもの冷静さを取り戻していた。

「そう。
もし地球の自転が止まっているのであれば、
きっと温かい空気だって動くことはない。

そうしたらきっと
僕たちの住んでいる世界は
冷たい空気に覆われて、
植物も育たず、食べるものもなくなる。

そして、ゆっくりと静かに冷えていく世界で
僕たちは凍えながら死んでいくんだ。
それが僕たちにとって最悪の結末なんだよ。」

シュウヘイは氷漬けになってしまった世界を思い浮かべた。
真っ暗な空から音もなく忍び寄り
静かに浴びせられる死の温度に身震いした。

「でもね。今、空気が大きく動いているんだ。
太陽はもうそこまで来ているんだよ!」

タケルは興奮気味に語りだす。
いつしか真っ暗だった保健室がぼんやりと
灰色の世界へと変わりはじめていた。

その世界に
タケルの自信に満ちた表情が浮かび上がった。

先ほどまで真っ黒な雲で覆われていた空も
雨雲を払いのけ、少しずつ白みを帯びはじめる。


これから新しい夜明けが始まる。

「実はアオイが、はじめに月に異変に気づいたんだよ。そこからいろいろ調べて確信したよ。
太陽は絶対に昇るってね。」

タケルが声を弾ませる。

「でも、アオイが気づいたことは
僕とは全く別のことだった。

もし、それが本当なら
僕たちは今までに見たことのない
朝日を見ることになるんだ。」

灰色の空が少しずつ色彩を取り戻していく。

雨上がりの空に広がる薄い青。
遠くの山々に重なる深い緑。
それらを見つめる輝きに満ちたタケルの瞳。

水分を含んだ空気に差し込む淡い光が
七色の虹をぼんやりと浮かび上がらせた。

目に入るすべての色がシュウヘイの心に
ひとつずつ優しい明かりを灯していった。

「さぁ、もうすぐだぞ。」

タケルの声にシュウヘイは息をのんだ。

東に広がる遠くの山が
朝日によって紅く色づいてゆく。
そのスポットライトが少しずつ裾野を広げ、
やがてこの町全体を温かい光で包んでいった。

「やっぱり。アオイのいう通りだったんだ。」
タケルは声を震わせ笑った。


待ちわびたこの光景に
シュウヘイは思わず微笑む。
朝日に照らされたすべての生き物たちが
命の輝きを取り戻していく。

サトミも緊張の糸が切れたように
ハセガワ先生の胸の中で
また、わっと泣き出してしまった。


「あれっ。」

「気づいたか。シュウヘイ?
コレが新しい世界の景色なんだ。」
タケルの問いかけに、シュウヘイは頷いた。

「そう。アオイはコレに気づいたんだよ。」


休み時間 図書室


嵐が訪れる前、
タケルとアオイは図書室にいた。
静けさが漂う部屋には
アオイの本のページをめくる音だけが響く。

窓を揺らす風の音が
強くなってきたようだ。

「タケルくん!やっぱりそうだ。」

アオイはそう言うと
天体図鑑のあるページを指し示す。
そこには紅い月が描かれている。

「見て。タケルくん。
月が赤く見える時って、月が地平線に近づいているときに見える現象なんだよ。」

「そうか!月が地平線が近づくってことは、
やっぱり地球は止まってなんかいなかったんだ。」

タケルは思わず声を弾ませた。

太陽は…
また必ず昇るんだ。
タケルの目から自然と涙が溢れてきた。

「そう、いま月は東の空へと沈んでいる。
地球は止まってなんかいない。だって…」

アオイはタケルに向かって静かに微笑んだ。



太陽から放たれる光がシュウヘイたちの表情を明るく照らす。
シュウヘイの手の中で握られている
はにわが優しく微笑んでいるかのように見えた。

その日、西の空から『夕日』がのぼった。


4時間目 教室


教室に差し込む太陽の光に歓声が沸き起こる。

アキラは「よっしゃー!」と雄叫びをあげると
先ほど先生から注意されたことを忘れて
教室の外へと飛び出して行ってしまった。

「おいっ。待て!アキラ!」
スガは慌てて、それを追いかけていった。


その様子を尻目に
アオイは教室の窓から空を見上げ微笑んだ。

「地球は止まってない。
だって地球は逆回転をはじめたんだから。」

アオイはタケルに伝えたその言葉を
もう一度、口に出してみた。
しかし教室に溢れる歓声に紛れ、
アオイの言葉に耳を傾ける人はいなかった。


水溜まりが太陽の光を反射し、
この世界を再びキラキラと輝かせた。


飼育小屋からは
朝を告げる鶏の鳴き声が聞こえた。

○月✕日 天気 夜のち晴れ
今日の朝、お日さまは昇りませんでした。
だけど、夕日が昇ったのでほっとしました。
おばあちゃんのはにわは本物の守り神でした。

今日はお母さんの作ったカレーを
いっぱい食べようと思います。

シュウヘイの日記


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