【短編小説】その日、お日さまがのぼりませんでした #1
ある朝、目覚めると世界から太陽が消えていた。
夜の闇と不安に包まれる学校で、シュウヘイはクラスメイトたちと過ごす中、自分の弱さやクラスメイトたちの優しさに触れていく。やがて嵐が学校を襲い、「このまま太陽が昇らなければ自分たちは死ぬのではないか」という恐怖が彼らを追い詰めていく。
理科の知識で立ち向かおうとする親友のタケルはアオイの発見に活路を見いだし「太陽は必ず昇る」と言い切った。
絶望に直面したシュウヘイもその言葉を信じようとする。そして彼らは、これまでの常識を覆す「新しい朝」を迎える。
○月✕日 天気 よる
きょうは、体育でなわとびがあります。
ぼくは二重とびが3回しかできないので、5回続けてとべるようにがんばりたいです。
それと、学校がおわったらタケルくんといっしょに近くの川にナマズを釣りに行きたいです。
でも、
その日、お日さまがのぼりませんでした。
目覚まし時計のけたたましい音が
シュウヘイの鼓膜をキンキンと震わせる。
その音はシュウヘイのゆるやかに流れる
睡眠のひとときを一瞬でかき乱した。
心地よい眠りの世界から急に引き剥がされた苛立ちからシュウヘイは音の鳴るほうへと
乱暴に手を振り回した。
目覚まし時計は
シュウヘイの手の甲で弾かれた勢いで
畳の上から吹き飛ばされる。
その衝撃の音とともに、チンッと
最後の一声を上げると再び静寂のときが訪れた。
シュウヘイは重いまぶたを
ゆっくりと開いてみるが…辺りはまだ暗い。
まるで深海を思わせるような静けさは
再び彼を眠りの世界へと誘おうとする。
「ほらっ!シュウヘイ。
いつまで寝てるの?学校でしょ。」
母親の声に驚いて目を覚ました。
蛍光灯の容赦ない明るさが彼の目の奥を刺激するのでシュウヘイは顔をしかめた。
窓の外はまだ暗い。
じっとりとした空気が辺りを包んでいる。
「目覚まし鳴ったでしょ?
もう8時になっちゃうわよ!」
畳に突っ伏している目覚まし時計を
起こすと7時50分を指している。
普段なら着替えを済ませている時間だ。
「うそ!なんで。まだ真っ暗じゃん。」
「それがお母さんもわからないのよ。
いつもみたいにテレビを観ても、朝のニュース番組は時間どおりにやってるし。
まあ、どのチャンネルもお日様が昇らないニュースで持ちきりだけど。」
母親も困惑した表情を浮かべている。
「ただ今日は『お日様が昇らないだけ』なのよ。」
「そんなことってある?」
「いや。お母さんにもわからない。
こんなこと初めてなのよ。」
お日様が昇らないなんて日があるなんて
今まで考えたこともなかった。
「えっ。お父さんは?」
「お父さんは今日は早番で
もう出勤しちゃったのよ。」
この不可解な現象に
父親の助けを求めたかったが
その希望は早くも打ち砕かれた。
「ねえ。本当に今日、学校あるの?」
「それもわからないの。お母さんも学校に電話してみたんだけど繋がらなくて。
だからさっきタケルくんのお母さんにも電話して、とりあえず一回学校にいこうって。」
窓の外には朝8時とは思えない
墨一色で描かれたような世界が広がっている。
かすかに聞こえる虫の音が辺りを包んでいる。
「お母さんは…一緒に来てくれないの?」
「ごめんね。
お母さんも心配なんだけど、今日は、おばあちゃんを病院に送らなきゃいけないから。
…いつもみたいにタケルくんと一緒に学校に行ける?」
そう言うと母親はシュウヘイに微笑むと
優しくシュウヘイの髪をなでた。
「あっ!そうだった。
おばあちゃん、シュウヘイにお守り作ってくれたんだ。」
そう言うと母親はストラップを渡した。
それにはちょうど母親の親指くらいの
茶色いマスコットがくっついている。
「ほら、かわいいでしょ。はにわ。」
「はにわ?」
フェルトで作られたそのマスコットは
触ると柔らかな感触が返ってくる。
「そう。ほら、顔だってかわいいでしょ。」
目と口がまんまるに描かれただけの
間のぬけた表情だが
なぜかシュウヘイに安心感を与えた。
8:15
シュウヘイはトーストを急いで口の中に詰め込むとランドセルを背負った。
もうすぐ家を出発しなければならない。
玄関先は灯りのため、まだ明るさが残る。
しかし道路にはまばらな街灯が飛び石のようにポツンポツンとあるだけだ。
シュウヘイは深くため息をついた。
母親から渡された懐中電灯も
何歩か先の道しか照らさない。
とても心許ない。
「いい?時計も持った?
あと、車からもわかるように
必ず懐中電灯は点けていきなさいね。」
母親はシュウヘイの浮かない表情に
顔を近づけるとニヤリと笑い
ほっぺたを引っ張った。
「ほらっ。なんて顔してるの。
今日はシュウヘイの好きなカレー作って待ってるから。学校頑張ってくるのよ!」
「はい…。行ってきます。」
先ほどもらったおばあちゃんの
はにわのマスコットをぎゅっと握ると
シュウヘイはしぶしぶ返事をした。
シュウヘイは覚悟を決めると
光の届かない場所へと一歩を踏み出した。
生ぬるい風がゆるやかに
身体にまとわりついてくる。
夏休みも終わったが、
今年はまだ夏の暑さが引かない。
ひとりで通学路を進んでいくと
ふいに雑草の生い茂った空き地から
何か生き物の影が飛び出し前を横切った。
シュウヘイはびくっと体を震わせた。
ネコ…。
クロネコだよね?
イノシシ?
まさかクマ?
素早く影の方向に灯りを照らすも
その姿を捉えることはできない。息を潜める。
全神経がいやでも研ぎ澄まされていくのがわかる。
不安を感じ後ろを振り返るが誰もいない。
クロネコが目の前を横切るのは
不吉なことが起こる前兆…
いやな迷信が頭をよぎる。
微かに聞こえていた虫の声が急に途絶える。
辺りが静寂に包まれている。
シュウヘイが発する
荒い息づかいだけが辺りに響いている。
もし真っ黒な何かが襲ってきたら…
暗闇に吸い込まれてしまう。
そして誰にも気づかれることなく…。
自分はひとり、
夜の世界に閉じ込められてしまった。
そう気づいた瞬間、
ひとりである恐怖が押し寄せてきた。
早く、早く誰かのところにいきたい!
雑草の奥の方で何かがガサガサと音をたてた。
その瞬間シュウヘイは弾かれたように
大通りまでの長い道のりを全速力で走った。
「はぁ…はぁ…」
息が苦しい。
胸が痛い。破裂しそうだ。
身体中から汗が吹き出してくる。
それでも足は絶対に止められない。
何度も転びそうになりながら
やっと大通りが見えてきた。
街灯が作り出すスポットライトの下まで
なんとかたどり着くと大きく息を吸い込み
まずは呼吸を落ち着かせた。
いつもは車通りの多いこの道が嫌いだ。
なかなか変わらない信号機にも嫌気がさす。
しかし今日は、車の動きやヘッドライトが
「シュウヘイがひとりでない」ことを教えてくれる。
街灯や信号など色とりどりの光が道を照らし、
シュウヘイを彩りのある世界へと導いていった。
タケルの家の前に立った。
いつもなら外から大声で彼の名を呼ぶのだが、
今日は辺りが暗いこともあり、
玄関の呼び鈴を鳴らすことにした。
そういえば最近も
タケルの家の呼び鈴を鳴らしたな。
あっ、そうだ。
花火大会のときだ。
あの時と外の様子は同じなのに
あの時の同じワクワク感はない。
むしろ自分の知らないところで
何か恐ろしいことが起ころうとしているのではないかという漠然とした恐怖に襲われた。
「おはよう。シュウヘイくん。」
玄関をあけたタケルのお母さんは
いつも通りの笑顔だった。
この空の色には不釣り合いな挨拶をした。
「お母さん。今『おはよう』は、おかしいんじゃない?」
タケルがすかさずお母さんに指摘するが、
彼自身もなんと声をかけるべきかわからない。
「こんばんは…、でもないし。
やっぱりおはよう、なのかな。」
「うん。おはよう!」
シュウヘイはタケルの顔を確認すると、
自然と晴れやかな笑みがこみあげてきた。
心強い友達を引き連れたシュウヘイ。
まるでロールプレイングゲームで
洞窟を探検する勇者のような気分になった。
懐中電灯という武器であちこちを
照らしながら学校へと向かった。
タケルは身長もシュウヘイより少し高い。
それに学級委員もつとめている。
「ねぇ。タケルくん、お日様はなんでなくなっちゃったんだろうね。」
シュウヘイは足元にあった
小さな石ころを蹴飛ばす。
石ころは懐中電灯が照らす円を飛び出し、
乾いた音を立てながら側溝の中へと吸い込まれていった。
「なくなっちゃったわけではないと思うよ。」
「えっ。なんで。」
「シュウヘイ。ほら、あれ見てみなよ。」
満天の星空の中に
満月がはっきりと浮かんでいるのが見える。
「9月は中秋の名月なんて言われてて、
月が一番キレイに見える季節なんだってさ。」
「でも、それってお日様と何の関係あるの?」
シュウヘイがタケルの方を振り返る。
そのとき暗闇の中に、
白目を剥き舌をだしたタケルの顔が
真っ白に光り浮かび上がった。
「バァ!」
「うわぁー!」
驚きのあまりシュウヘイはのけぞった。
タケルが懐中電灯を顔の下に置いて
カチカチと点滅させ遊んでいる。
シュウヘイの驚く様を見たタケルは
ケタケタと笑い声を上げている。
跳ね上がったシュウヘイの心臓の鼓動は
まだ止まらない。
「もう驚かせないでよ!」
シュウヘイはタケルの
肩あたりをグーで強く叩いた。
「ごめん。ごめん。
でもこれが太陽があるという証拠なんだよ。」
「どういうこと?」
タケルが懐中電灯でアスファルトを照らす。
小さな石ころが浮かび上がる。
「いい?ここから見える月って
実は自分から輝くことってできないんだ。
月は光を『反射させて』いるから、光って見えるというわけなんだよ。ではクイズです。
その光を放っているのは何でしょう?」
「お日様!」
「そういうこと!」
タケルは懐中電灯をカチカチと点滅させた。
もしお日様が消えていたら、
月だってここから見えない。
「でもじゃあ、
なんでお日様が昇らなくなっちゃったの?」
タケルは頭をひねる。
「うーん。なぜかはわからない。
もしかしたら地球の自転が止まってしまったのかな?」
「自転?」
今度はシュウヘイが首を傾げる。
「そう。地球はぐるぐる回っているんだ。」
そういうとタケルは
その場で軽やかにクルっと回った。
「そんなことしたら目が回っちゃうよ。」
「たしかにね。
なんで自分たちは目が回らないんだろう。」
タケルは今度は、ハハハっと笑った。
「ええと、
太陽って東から昇って、西に沈むでしょ?
でもそれは、太陽が動いているんじゃなくて地球が回っているからなんだ。」
「うーん。どういうこと?」
「例えばね。
左手を『東』、右手を『西』とする。」
うんうん、とシュウヘイは頷く。
「そうすると太陽は左手側から右手側に動くように見えるよね。」
タケルは懐中電灯でシュウヘイを照らしながら、左手側から右手側へと動いた。
「でも実際は違うんだ。今度はあの街灯を南の空に見える太陽とするよ。
そうすると今は左手側に太陽があるよね。」
シュウヘイが頷く。
そうするとタケルはニコリと笑い、
シュウヘイの身体を反時計回りに
ゆっくりと動かしていく。
「そうすると、ほら今太陽が真正面に来て…
今度は右手側の方に沈んでいく。
そして最後は見えなくなる。」
シュウヘイは街灯に背を向け
薄暗い道が目の前に広がる。
シュウヘイの肩に添えたタケルの手からは
彼の体温がじんわりと伝わってくる。
それだけで少し安心できた。
「たぶん、地球は今
この状態で止まってしまっているんだ。
理由はわからないけどね。」
ふーん。
わかったような…。
わからないような…。
シュウヘイはなんとなく頷いた。
「ところで…今何時?」
タケルがシュウヘイに尋ねた。
デジタル時計の明かりを点けると、
ぼんやりと数字が浮かび上がった。
8:29
「うわっやばい。
このままじゃ遅刻しちゃうよ!」
二人は暗闇のなかに吸い込まれるように
学校へ向かって駆け出していった。
▶ その日、お日さまがのぼりませんでした
