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【塾×エピソード】星を見上げる❇️奇跡のような時間🌃│受験生として。中学3年生として。


◆ 地球はまわる

「あれ?先生。
星の動きって時計回りだっけ?
反時計回りだっけ?」

入試を間近に控えた中3女子ウチヤマが
予想問題を解きながら首を傾げる。

教室長である私も受験生が抱える
不安の解消に残り少ない貴重な時間を使う。


星の動きを「時計回りか」「反時計回りか」で答える問題…
何てことない問題に思えるかもしれないが
私は出題する側に意地の悪さを感じる。


受験生を意図的に混乱させようとしている…。
ように思えるのは私だけか?

この問題に関する解説は
部屋全体を使って説明することにしている。

「いい?まず、こっちが北ね。」
私は北の方角を指差す。

「そして、星は東から西に動くんだったよね。」
腕を大きく動かして、
東から西へとゆっくり弧を描いていく。
「いい?この動きを覚えておいて。」

ウチヤマはうんと頷く。

「じゃあ、北の方角を見て。
この動きはどっち回り?」
再び大きく弧を描く。

「反時計回り」

「そう、北極星を中心に反時計回りをしているね。でもね、南の空を見て。」

「あっ。時計回り。」

「その通り。見る方角によって、答えが違ってくるんだよ。だから時計回り・反時計回りという覚え方はしない方がいい。
東から西ということを覚えておいて。」

ウチヤマは満足した表情を浮かべた。

◆ 受験生として大切なこと

「そういえば、自習していた男子たち。
3人ともまだ休憩から帰ってこないけど、どうしたんだろう。」

そうだ。彼らは午後5時頃、
自習室を出てからもう1時間以上も経っている。

そのメンバーはお馴染みヤマムラのほか、
マツウラとワタナベだ。


ヤマムラはなんやかんや理由をつけて、
教室内外をフラフラするのが
通常運転だからさして驚きはしない。

ただ勉強熱心なワタナベも帰ってこない。

いったいどうしたんだ?

あと5日で入試だぞ。
寒いなか風邪引いたらどうするんだ?



「信じられない!入試直前だよ?」
ウチヤマが叫ぶ。全く同感だ。
真剣味がまるで感じられない。

これは…
戻ってきたら説教だな。

◆ 惑星はまわる

2時間後、彼らがにこにこしながら戻ってきた。

おい。
入試間近なのに勉強ほったらかして
こんな時間まで何やってたんだ。

しかし帰ってきてすぐ
マツウラが放った言葉に私は呆れた。

「あぁ~。星メッチャきれいだった~!」


おいおい。嘘だろ…。

成績が決していいわけではない彼らが
のんきにそこら辺をほっつき歩いて、
2時間もぼーっと空を見てたんか?


そんな時間があれば
過去問1年分ぐらいは出来ただろ!
危機感ないのか…?

感情的な言葉が喉の奥まで出かかったその時、
すかさずワタナベが口を挟んだ。
「先生知ってました?
今日、惑星直列だったんですよ!」


聞き慣れない言葉に一瞬戸惑う。

えっ。
惑星直列
…?

何それ。知らない…。

▼ 2026年2月28日 惑星直列

そう。
この日は2月28日。

まったく知らなかったが、
この日は6つの惑星が地平線上に見られる
とても珍しい日だったそうだ。

えっ。そんなにすごい日だったのか。
今も見えるの?

そう聞こうとしたとき、はっと気づいた。

そうか!見られない。


だって…
宵の明星である金星は
地球の内側を公転する内惑星。
つまり、日の入りのタイミングでなければ見られない。

辺りが暗くなってしまった夜7時。
金星はすっかり西の空へと沈んでしまったにちがいない。

それは奇しくも、
私が彼らに教えたことだった。


◆ 惑星はならぶ

塾の先生は勉強を教える。
もちろん生徒達の合格を願って。

ただ、そのとき気づいた。

私が指導していたのは教科書の中の知識だ。
彼らが直接目にした感動には到底及ばない

「ちょっと赤っぽく見えたよね。あれ何星?」
マツウラがにこやかな表情を浮かべる。

「いや。わからん。」
ワタナベが答えると
彼ら3人が一斉に笑い声を上げた。

彼らにとってあの時見えた星の名前など
どうでもよかったのかも知れない。

きっと記憶に残るのは、
一緒に笑いあえたこの瞬間。



目前に迫る入試に夢中になっていた日々。
惑星直列を知らなければ、なんでもない一日だった。


しかしそんな、なんでもない一日こそ
彼らと出会えたかけがえのない一日だったと
彼らは教えてくれた。

惑星が一列に並んだあの空のように。


そして、私にもそんな彼らとの
別れの日が近づいている。


◆ 中学3年生として大切なこと

「流れ星も見れたよ!」
ヤマムラが興奮気味に語るが、
彼の話は頭に入ってこない。


花粉症か何か知らないが…
両方の鼻の穴にティッシュを突っ込んでいる。

まずそのビジュアルをなんとかしてくれ。


嬉々として語る彼らたちに
受験生としてなんたるかを語るのは
もう野暮な気がしてきた。


彼らはきっとわかっている。
勉強しなければならないことを。

しかし、
彼らは受験生でもあるが
別れを惜しむ中学3年生でもある。

彼らが卒業までともに過ごす時間は
決して多くはない。


2026年2月28日

あの日、塾に勉強道具を放り出し、
友だちと一緒に星空を見た思い出は
きっと一生忘れられない宝物になる。


たしかに勉強も大事だ。
でもこの日、この瞬間も同じくらい大事だ。


再び惑星直列が見られる日に
彼ら3人はきっと思い出す。
もう二度と訪れない「この瞬間」を。

ただひとつ、残念に思うことがある。



なぜ先生もその奇跡に混ぜてくれなかったんだ?




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