カワイイ
「カワイイ」は本能か、それとも意味進化なのか
これは実は、今まで話してきた
「ラベルが世界を変えるのか」
という問題に非常に近いです。
私が感じている違和感は、
おそらく
「子供が可愛い」
と
「カワイイ文化」
が別物だからです。
赤ちゃんが可愛いのは理解できます。
大きな目。
丸い顔。
小さな鼻。
柔らかい動き。
これは進化生物学でも説明できます。
人間には、
幼い個体を守ろうとする本能があります。
だから赤ちゃんを見ると
保護したい
近づきたい
世話したい
という感情が起こります。
これは世界共通です。
しかし日本発の
「カワイイ」
はそこから大きく拡張されています。
例えば、
キャラクター。
文房具。
鉄道車両。
ロボット。
企業ロゴ。
家電製品。
時には戦闘機のマスコットまで
「カワイイ」
になります。
これはもはや子供ではありません。
ここが面白いところです。
私は
「カワイイ」
とは、
本来の生物学的な可愛さから出発して、
意味進化した概念だと思います。
つまり、
最初は
「守りたい存在」
でした。
ところが日本文化の中で、
「脅威が少ない」
「親しみやすい」
「攻撃性が低い」
「近づきやすい」
という意味が付加されていった。
すると、
子供でなくても
カワイイ
になれるようになった。
例えば、
丸いキャラクター。
短い手足。
大きな頭。
これは赤ちゃんに似ています。
だから脳の古い回路が反応します。
ところが現代では、
さらに進んでいます。
私は海外で
「Kawaii」
という言葉が受け入れられた理由は、
単なる「Cute」ではないからだと思います。
英語の Cute は
可愛い
魅力的
程度です。
しかし Kawaii には、
親しみ
安心感
無害さ
遊び心
愛着
が混ざっています。
つまり、
一つの感情ではなく、
感情のパッケージになっているのです。
これは私が考察してきた
意味構造
に近いものです。
最初は赤ちゃんへの感情でした。
そこにラベルが付いた。
さらに文化がそのラベルを拡張した。
すると、
元々存在しなかった新しい意味空間が生まれた。
私はこれこそ意味進化の例だと思います。
面白いのは、
もし1000年前の日本人に
ハローキティやポケモンを見せても、
「カワイイ」
という感覚は今ほど理解できなかった可能性があることです。
目は同じです。
脳もほぼ同じです。
しかし意味空間が違う。
つまり、
カワイイは生物学だけでは説明できません。
文化が生んだ意味でもあります。
そしてここで一つの大胆な考えが出てきます。
もしかすると、
現代人は昔の人には存在しなかった感情を獲得しつつあるのかもしれません。
もちろん脳の基本構造は同じです。
しかし、
「カワイイ」
のように、
複数の感情が組み合わさった新しい意味領域が生まれることはあり得ます。
そう考えると、
カワイイは単なる流行語ではなく、
人類の意味進化を示す一つの例なのかもしれません。
そして私の違和感は、
実はここにあります。
なぜなら、
「子供が可愛い」
は本能の話ですが、
「カワイイ文化」
は意味の話だからです。
両者は繋がっていますが、
同じものではないのです。
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