先端理論物理学とたとえ話し 第8話 量子コンピュータ:なぜ「同時にたくさん計算する」ことができるのか
先端理論物理学とたとえ話し 第8話
量子コンピュータ:なぜ「同時にたくさん計算する」ことができるのか
そもそも「量子コンピュータ」とは
本題に入る前に、少しだけ前提をそろえておきます。
第1話で、量子力学の世界では、観測するまでは物事が「重ね合わせ」の状態、つまり複数の可能性が同時に存在した状態のままでいられる、という話をしました。普通のコンピュータは、情報を「0」か「1」のどちらかで表す「ビット」を使って計算します。これに対して量子コンピュータは、「0」でもあり「1」でもある重ね合わせの状態を保てる「量子ビット(キュービット)」を使います。
この性質のおかげで、量子コンピュータは特定の種類の計算を、普通のコンピュータよりもはるかに速く解ける可能性がある、と期待されています。今日はその仕組みの核心を見ていきます。
今日のテーマ
量子ビットが1個なら、重ね合わせと言っても「0でもあり1でもある」という2通りの可能性を同時に持っているだけです。しかし量子ビットの数を増やしていくと、その組み合わせの数は掛け算的に爆発的に増えていきます。理屈の上では、量子ビットがn個あれば、2のn乗通りの組み合わせを、すべて重ね合わせの状態として同時に保持できることになります。
ただし、ここで大事な注意点があります。量子コンピュータは、これだけ多くの可能性を「同時に持っている」からといって、最後に観測すれば、そのうちのどれか1つの答えしか取り出せません。重ね合わせのままではたくさんの答えを一挙に持っていても、観測した瞬間にランダムに1つへと収束してしまいます。そこで量子コンピュータは、「干渉」という現象を巧みに利用します。求めたい正しい答えに対応する可能性は、波が重なり合って強め合うように増幅させ、間違った答えに対応する可能性は、波が打ち消し合うように弱める。こうした操作を計算の過程に組み込むことで、観測したときに正しい答えが出やすいように仕込んでおくのです。
たとえ話:迷路を同時に全部歩く探検隊
こんな状況を想像してみてください。
複雑に入り組んだ巨大な迷路があり、出口はたった1つです。普通のコンピュータのやり方は、探検隊を1人だけ迷路に送り込み、行き止まりに当たるたびに引き返しながら、1本ずつ道を試していくようなものです。道の数が多くなるほど、時間がどんどんかかります。
一方、量子コンピュータのやり方は、まるで分身の術を使って、迷路のすべての道を、無数の探検隊が同時に歩いているようなイメージです。それぞれの分身は、それぞれ違う道を進んでいます。ここで重要なのが、探検隊どうしが互いに「波」のように影響し合うように仕組んでおくことです。正しい出口につながる道を進んでいる分身たちは、互いに励まし合って歩調を強め、間違った行き止まりに向かっている分身たちは、互いに打ち消し合って自然と勢いを失っていく。こうしておいて、最後に「今、一番勢いのある道はどれか」を観測すると、高い確率で正しい出口への道が浮かび上がってくる、という仕組みです。
たとえ話が崩れるところ
このたとえ話にも限界があります。探検隊のたとえは、あくまで「たくさんの可能性を同時に探っていて、最後に正しいものが浮かび上がる」というイメージを伝えるためのものです。実際の量子コンピュータでは、「分身の探検隊」のように、それぞれの可能性が独立した実体として個別に存在しているわけではなく、1つの量子状態が、数学的にすべての可能性の「重ね合わせ」として記述されている、という違いがあります。分身という言い方は、複数の実体が同時に存在しているかのような誤解を招きやすい点に注意が必要です。
また、量子コンピュータが実際に威力を発揮するのは、あらゆる種類の計算ではなく、大きな数の素因数分解や、特定のデータベース検索など、干渉をうまく設計できる一部の問題に限られます。現時点の量子コンピュータは、ノイズの影響を受けやすく、実用段階に達している応用はまだ限定的です。
まとめ
- 量子コンピュータは、0と1の重ね合わせを保てる量子ビットを使い、多数の可能性を同時に扱える
- ただし観測すればどれか1つの結果しか得られないため、正しい答えを強め、間違った答えを弱める「干渉」の設計が計算の核心になる
- 迷路を同時に歩く探検隊のたとえは感覚をつかむには役立つが、実際には独立した分身がいるのではなく、1つの量子状態がすべての可能性を重ね合わせとして表している、という違いがある
- 威力を発揮できる問題の種類はまだ限られており、実用化はノイズなどの課題を抱えながら発展途上にある
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